第五十話 スタンガン
錆びれたドアを力一杯にこじ開け、憑いて回るのが面倒くさくなった背後霊のような表情で、後から階段を上がってくる泰助に手招きをする。今日も屋上には風が吹きぬけていた。
緑色の床へと足を踏み入れると、真っ直ぐにベンチへと向かっていった。僕らは性懲りもなく屋上へのベンチへと座り、肩を並べて弁当の包みを広げた。けれど、僕の場合はそこで食欲が萎えてしまう。隣の泰助は相も変わらずカツサンドに目を輝かせているのだが、それは彼が後輩のことなど気にも留めない無関心野郎だからだろう。
産田が、襲われた。
武美山の中腹から流れて、近隣の平原を横切るように続いている――あの夏に僕らが花火をした小川で、産田は倒れていた。水面に顔が浸かる寸前の所でぐったりと横たわっているのを、たまたま近くを通り掛ったお爺さんが発見したのだそうだ。
「あれは、たぶんスタンガン」
体験者である産田はそう語った。彼は、僕と野雲さんから逃亡されたあと、しばらくは怒りにまかせて僕らを追いまわっていたらしいのだが、もう僕たちが右へ行ったのかも左へ行ったのかも見当がつかなくなって、ようやくそこで自分が空回りしているのだと気付いたらしい。
頭を冷やした産田は、自分が癇癪を起こして野雲さんを威圧してしまったという事実を受け止め、素直に謝りにいこうと彼女の家を訪れたのだった。嫌われているかもしれないと覚悟しての行為だったらしいのだが、許しを請われた野雲さんは、考える素振りも見せずに笑顔で「気にしてない」と伝え、それから産田を家に入れた。そして、ちょうど作っておいたらしい肉じゃがを腹が膨れるぐらい食して、至福の表情で野雲家をあとにしたのだった。
けれど、その帰り道……。
ボディガードやら何やらで普段とは比にならないぐらい歩き回った彼は、その日ごろの運動不足が祟ってか、帰路を進む途中で歩けなくなってしまったのだという。野雲さんの絶品肉じゃがを堪能した後というのもあって、だいぶ眠気があったという。膨れた腹は歩くたびに水風船のごとく揺れ、いつも以上に歩くのが煩わしかったらしく、とうとう我慢ならなくなった産田は、ちょうど通り掛った武美山の手前の平原で、しばらく休憩することにしたのだ。
産田は小川の縁に座り込み大きなあくびをしながら、夜の闇に墨汁のような映え方をしている水面を見つめていたという。本当に、何も考えずにぼうっとしていたらしいのだが、そのせいで後ろから忍び寄る気配に気付かなかったらしいのだ。
そして、首元に何かを当てがられたかと思うと、体内を巡る血液が、突然生き物になって暴れだしたかのように、体中が痺れたのだ。痛い、と感じる前には、もう気絶していたらしいのだけど。
曖昧な産田の説明じゃあ、これだけしか理解できなかったけれど、分かったことはある。
それは、今もなお、この島には犯人が潜んでいるということである。