表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/112

第五話 美少女

情報処理検定があるというのに、きっかり諦めて執筆してしまった。

 熱湯に流し込んだ溶き卵のような雲がねっとりと夜空を覆っている。雲と雲の間からは月光が差し込み、島全体をかすかに照らしている。


「おい、足がかゆいんだが」


 僕は一寸先の闇に向かって強く囁いた。


「我慢しろって。ここから出たら、いつばれるか分からないんだからな」


 泰助の声に合わせて、草がガサガサと音をたてる。


 僕たちは移住者が引っ越してきたという自宅の前、道を挟んだ茂みに身を潜めていた。豊臣秀吉も呼吸を忘れるほどの美少女がせっせと荷物を整理しているだろう自宅からは真新しい蛍光灯の光が漏れてきている。美少女と低俗な男らを隔てるように一階、二階ともに窓にはカーテンが垂れているが、ときたま家の住人が窓の前を通るようで、黒いシルエットがカーテンを過ぎることがあった。


「まさか、この家とはねえ」


 泰助が感慨深い声音で言う。彼の胸中が分からないわけでもないが、面倒なので無視をする。すると、泰助はジャージのすそに鼻を当てて泣きまねをした。「なっつかしいなあ」などと言いながら、鼻をかむ真似までしている。


「おい、やめろ! それは俺のジャージだ!」


 僕は慌てて目前の闇へと手を伸ばした。ガサガサと茂みが揺れる。けれども、振った腕は泰助に触れず、パキパキと細い枝を折るばかりである。どうやら泰助とは思っていたより距離が開いていたらしい。


「あまり騒ぐなよ。バレるだろ」


「オマエが悪いのだろうが!」


 小突いてやりたいが、我慢して手を引っ込める。


 泰助の家から外出する際、「高尚探偵団の制服ができたから、これに着替えるように」と上下セットの服を渡された。薄暗い部屋だったから着替えるまで気付かなかったが、それは泰助の服であった。


 泰助の服装は驚くことに一種類しかない。薄い黄色の長袖シャツに紺色の七分丈のズボン。それが三枚ずつ、ガラクタの海にいつも放られている。僕の記憶が正しければ、彼も小学校の時はまだ色々な服を着こなしていたはずである。しかし、中学生になり身体も成長し、その服がサイズの問題で着用不可となったのを機に、いつのまにか泰助の服装は年がら年中、一貫性を伴うようになった。


 暖かい島ではあるが、さすがに着込まなければ越冬はできまい。しかし、かくのごとき薄着で幾重に春を迎えてきた彼は、どんな環境下でもしぶとく生き延びるゴキブリのようなものである。浦井高校には制服がないため、泰助は毎日のようにこの格好で登校してくるのだが、気味悪がる生徒はいない。


 いかんせん、秋ももうじき終わるというのに、この格好はさすがに冷える。


「だいたい、何でオマエが僕のジャージを着ているんだ! 探偵団の制服はどうした!」


「おいおい、俺は団長だぞ? 君はしがない団員だ。立場が違うんだから、そりゃ制服も変わってくるさ」さも当然のように、闇のなかで泰助が言う。


 三十パーセントが己の身を冷やさぬため、残り七十パーセントが僕への嫌がらせといったところであろう。


「何を偉そうに!」


 僕は唇を尖らせてそっぽを向いた。地面から生えた雑草がすねに触れてかゆい。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ