第四十八話 自慢
野雲さんはソファを回りこんで座ると、「じゃじゃーん」と言いながらそれをガラス机の上に置く。「どう? おいしそう?」
僕は、素直にうなずいてから、「いつの間に?」と訊ねた。
「何言ってるの?」
首をかしげる野雲さん。いや、しかしこれは早すぎだ。料理番組で「はい、これがその三十分たったものです」と言ってあらかじめ作っておいたものが出てくるぐらいの速度だ。
「いや、早くない?」
そう訊くと、野雲さんは声に出して笑った。
「君ってば、ずっと寝てたじゃない。三十分ぐらい」
「え? 本当に?」
「君ってホント不思議ね」
そうして、彼女はまた笑う。
いつの間にか、僕は寝ていたらしい。いつ眠って、どこから起きたのか分からない。どちらかと言うなればこちらの方が不思議でならない。
「いいから、ここ座って」
野雲さんは自分の隣をポンポンと手で叩く。促されるようにして、僕は人形と美少女に挟まれ席につく。目の前で白い蒸気を昇らせる肉じゃがは、期待の遥か上をいく出来栄えであった。
「心して掛かれ」と渋い顔をする野雲さんに割り箸を渡される。
ご飯は野雲さんがうっかりしていたようで、炊いていないらしい。
しかしながら、野雲さんのお手製肉じゃがは思わず声が出るほど美味しかった。舌の上で味を滲ませる具材の数々は、いくらでも喉を通るようだった。隣で反応を観察する野雲さんは、有無を言わずにがっつく僕に微笑んでいる。感想を聞かないのは、その僕の食べっぷりさえみれば、感想など不要だからだろう。
野雲さんの手料理を食べたことは、泰助や竹内に自慢してやることにする。野雲さんを犯人だと思っている今の泰助はまったく羨ましがらないかもしれないが、竹内は身を悶えさせて「いいなあ」と言うに違いない。
そもそも、なぜ泰助は野雲さんが犯人だと疑っているのか。可能性とかそういう目で見ているようだが、よくよく考えれば野雲さんのような女子が狂気沙汰を起こすわけがないだろう。僕は彼女の背後霊が事件の犯人と言われたほうがまだ納得がつくだろう。
「ごちそうさまでした」
僕はそう言って、カラッポのうつわに箸を置いた。