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第四十五話 自宅

今朝、起きたら何故か首筋が痛かった。

寝違ったのではない! 寝違ったのではないさ!

なんか、寝違うって格好悪いじゃん!

易々とリラックスできる行為を失敗してるって、なんか惨めじゃん! 

だから寝違ったわけではない!


ほら、あれだあれ。


痛いの痛いの飛んでけ!

って皆がやってるもんだから、その飛んできた痛みが私に降り掛かったのだ! いいか、これから「痛いの痛いの飛んでけ!」をする者は、その痛みが誰かに飛んでいくということを忘れるな!


と、勝手に誰かのせいにしてみたりして。



 僕たちは入込んだ住宅街へ身を潜めるように駆け込むと、網目のように島を張りめぐらされた道を進む。もう産田は追いついてこれないだろう距離を走ったけれど、僕も野雲さんも止まるタイミングを見失って、走り続けていた。


 すぐに息を上げるだろうと思っていた野雲さんは、意外と僕と肩を並べ続ける。隣で聴こえる呼吸音も乱れがなく、泰助とは比べ物にならないぐらい走りなれているのだということが分かる。


 しばらくは無言で腕を振り続けていたが、これではいつまで経ってもキリがないので、僕は「そろそろいいんじゃないかな?」と訊いてみた。野雲さんもさすがに疲れているだろうし、彼女の場合は制服であるため、あまり運動には向いていないはずだ。だから、素直に足を止めてくれるだろうとは思ったのだが、その予想は外れ、野雲さんは「もう少し走ろう」と意味ありげに笑った。


 そして、そのセリフの意味は、すぐに分かる。


 何となく景色に気掛かりがあるなと思った。左手には住宅街のど真ん中にもかかわらず茂るこじんまりとした雑木林があり、右は相変わらず住宅が続いている。しかし、その連なる住宅のなかに、一軒だけコンクリート住宅があった。


 何を隠そう。ここは、僕たちの破廉恥犯罪事件の現場、野雲さんの自宅前であった。


「ここ、私の家なの」


 野雲さんは走る速度を上げて一足先に家の門前へ着くと、追いかけてきた僕に振り返ってそう言った。「へえ、そうなんだ」とあたかも初めて見たようにコンクリートの外壁をなぞるように見上げる。


「どうぞ、入って」


 いまだに草木の手入れがされていない敷地に踏み込み、少しホコリの掛かった雰囲気の玄関に通された。なるほど、産田という狂気が静まるまで、ここに隠れているというのか。しかしながら、こんな妖怪の下っ端みたいな男を家に連れ込むというのはどうなのであろう。いや、今は緊急事態だし、いいのか?


 結局お邪魔することにして、たたきに靴を脱いで廊下に踏み入るとき、僕はそこに紳士用の靴があるのを見かけた。


「お父さん、いるの?」


「うん。だから息を潜めて」


 野雲さんは口に人差し指をあてがった。


 玄関の先には廊下が真っ直ぐ伸びていて、その突き当りにリビングへのドアがある。廊下の途上にはトイレや浴場へ続く通路が右に折れていて、どちらともから人の気配はしない。しかし、玄関の段差を上がった左のすぐそこにも、二階への階段が伸びていて、階段は丸窓から差し込んだオレンジ色の光に薄っすら照らし出されている。そこを進むと、野雲さんの部屋と、彼女の父がくつろいでいる部屋があると説明された。


「なんで、息を潜めないといけないの?」


 リビングへ通されながら僕が訊ねると、野雲さんは答える前にもう一度口元へ指を持っていき、しーっと声のボリュームを下げるように促す。けっこう小さな声で話したつもりであったけれど、どうやらこれでもアウトラインのようだ。


「自分で言うのは憚られるけど、お父さんは私のこと溺愛しているから、男なんて家に連れ込んだら金星までぶっとばされちゃう」


「野雲さんが? 僕が?」


「君が」


 帰りたい! というか、何で僕ばっかり地球外に放られる危険性が浮上するんだ! しかも、ちゃっかり地球からどんどん遠くなってる!


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