第四十二話 案内
一般に売られている小説にも作者により巧拙がありますが、どんなにヘタな作品でも「これなら自分のほうが上手い」と思っている以上は、小説家になんてなれないらしいです。
案内人を買ってでた僕は、野雲さんを連れて屋外へ出た。産田も妙に怪しげな目つきで僕と野雲さんを見ているが、しがないボディーガードである彼は僕らの五メートルほど後ろを歩いている。
空はオレンジ色を保ったまま、閑静な住宅街を照らしている。日はだいぶ傾いているが、まだ沈むには時間があるだろう。
左右には古めかしい色合いの木造住宅が連なり、僕らは塀に縁取られた迷路のようなカクカクの道を歩き続けた。曲がり角を折れたその先にクラスメイトが居るかもしれないと僕は半ばドキドキしながら野雲さんと肩を並べていたが、そんな事態にも陥らぬまま海岸沿いの道路に着いた。
「わあ、きれい」
オレンジ色に映えた海を目のあたりにした野雲さんは、胸の前で手を合わせて目を輝かせた。制服のしわも気にせずに道路を挟んだ対岸へ駆けていき、堤防から身を乗り出した。
港ばあちゃんがいるプレハブ小屋は堤防を辿った遥か遠くに見え、本日二度目のあいさつに行こうかとも考えたが、野雲さんが逆方向へ歩き出したのでそれにつられる。後ろを振り返ってみると、産田は季節に似合わず大粒の汗を浮かばせながらも何とか付いてきていた。これでは、まあ、ボディガードは続けられまい。
僕は産田は放っておくことにし、向き直って堤防沿いを歩く野雲さんの背中を追いかけた。
「ここって、色々と不便だと思っていたけれど。そんなこと感じさせないくらい気持ちのいい場所ね」
腕で天を突くポーズで背伸びをする野雲さんが言う。都会からの観光者はたいていそう言うので、驚嘆も感心もしないが、社交辞令として「どうも」と頭を下げておいた。
「君って、何か不思議だよね」
「不思議?」
野雲さんが、それこそ不思議なことを言うものだから、僕は首をかしげた。
「うん。初めて会ったときも屋上で早食いをしてたわ」
確かに、顔を隠すために弁当にがっついていたけれども。
「いや、あれは早食いではなくて……」
「早食いはあまり身体によくないらしいよ? ゆっくり食べてちゃ昼休みが勿体ないっていうのは分かるけど、落ち着いて食べないと」
野雲さんは僕の言い分も聞かずに心配する。とはいえ、やはり僕と野雲さんの邂逅は『屋上』ということになっているようで良かった。あの雷が照らし出した夜のワンシーンは野雲さんの脳には記憶されていないということが確実になった。
「ところで、野雲さんはどうしてこの島に?」
僕はオレンジ色に染まった彼女の横顔に問いかける。そういえば、先ほどと肩を並べる相手の組み合わせが好転している。妖怪だった隣の人物は今は息も忘れるほどの美少女である。はたから見れば、今度は僕が妖怪として捉えられるのではないかと思うぐらいの美少女なのだ。
「ちょっと、前の学校で色々あってね……」
野雲さんはそう答えると、足元に伸びた影を眺めるように、うつむき気味になった。その表情からは、何か煩悩を抱えているような印象を受ける。できることなら相談に乗ってあげたいけれど――と、思ったところで彼女は一連の犯人かもしれないのだということを思い出す。それに、どちらにしても僕には介入できない悩みのように思えた。まるでその悩みは、番犬が装着するトゲつきの首輪のようなもので、たとえその首輪がどれだけ彼女を締め付けようと、僕には触れることのできないようなものに感じた。