第四十一話 毛嫌い
「ところで、今日ここに来たのは昨晩のいきさつを聞くためだけなの?」
僕はふと気になった。学校内では他人の耳を気にして訊けなかったと分かるが、何も放課後に泰助の家までやってくることはないはずだ。下校中の僕らを待ち伏せて訊ねればいいわけである。産田のやつがしつこくて聞きそびれたというのであれば、まだ分からないこともないけれど。
「うーんとね」と少し言いにくそうに顔を歪めてから、野雲さんは声を潜めて「こんな時に不謹慎なんだけど」と前置きした。
「昨日はすぐに竹内君があんなことになっちゃったから、まだ町のこと全然しらなくて。島の人にも顔を覚えられてないし、よかったら案内役というか、なんというか……」
言葉尻のへ近づくほど声は小さくなっていき、最後のほうは何と言っているのか分からないほど濁されていた。
比較的小さい島ではあるし、買い物ができる店だって限られている。どこへ行っても顔見知りと関わることになるのであるから、今のうちに島民として顔を覚えてもらおうという心意気なのであろうか。とはいえ、そんなことは父母がやっているだろうに、わざわざ自らも乗り出すとは真面目な子である。
「俺は忙しい」
こちらに見向きもせずに、泰助は一言だけ述べる。彼の脳内では野雲さんが犯人だと確定されているのか、昨日とあからさまに態度が違う。
「え、でもそれは産田に任せればいいんじゃないか?」
その理由は薄々気付いてはいるのだが、一応僕は訊いてみた。
「それがね、産田君にもお願いしてみたんだけど、『俺はボディーガードですから、それはちょっと』って」
言いたいことは分かる。産田という変態は若くて女性であるならば例外を除き恥じらいを持つ男であるが、男または年増の女性には礼儀というものを用いない。簡単に言ってしまえば「おいジジイ」「やいババア」なたちなのである。必ずしもではないが長い人生を送ってきた老人たちは僕たちに計り知れない苦痛を味わっているし、幸福を知っているし、道徳を心得ている。そんな多識で偉大な方々をコケにするとは若さゆえの誤ちであろうと許されないことである。しかし、産田はそれを分からない。そのせいで、人口の過半数が老人のこの島で彼は少し毛嫌いされているのだ。
つまり、そんな自分が案内役をしても煙たがれるだけだし、むしろ野雲さんも同じような目で見られてしまうかもしれないと産田なりに考えたのであろう。奴ならば盛った犬のごとく跳びはねて案内もままならぬまま島を五周ぐらいしそうであるが、少し見直した。
「よし、分かりました。案内しましょう」
僕は言った。