第四十話 多分
オリンピックって四年に一度だけど、なんでか毎年行われているような錯覚があります。今作には何ら関係ないですが。
「じゃあ、やっぱりあのフードの男が犯人なのね」
野雲さんは床を見つめながら、納得したようにうなずく。
竹内と野雲さんの言い分に齟齬があることと、今僕たちが野雲さんを犯人だと推定していること以外は話しておいた。話している間に富原は何も言わずに身じろぎしなかった。もしかして座ったまま寝ているのかと思ってみたりもしたが、ときたまマウスに手が伸びたり、キーボードを打っていたので聞いていたのだとは思う。
「で、今度はこっちの番だと思うんだけど、何で僕らの可愛い後輩がついてきてるの?」
もうこれ以上は座るスペースが確保できないため、部屋の外で待たせている産田を指した。ドアの隙間から顔だけ覗かせて話を聞いていた彼は、事件に興味があるというよりは野雲さんの横顔に見とれているといった具合だった。もしかすると、あまりに野雲さんが僕へ顔を近づけるものだから、僕らの間柄を訝しく思ったかもしれない。
あれだけ有酸素運動を敬遠していた産田がその贅肉をたぷんたぷんと揺らしながら決死の思いで階段を上ってきたといのだから、何か深い事情があるのだと悟っていたが、野雲さんは素っ気なく述べた。
「私が落ち込んできたところに産田君が話し掛けてくれてね。私ったら何の考えもなしに、黒フードの男のことを話しちゃったの。そしたら、産田君ってば『俺が野雲先輩のボディーガードになってあげますよ』って胸を張って……」
なるほど、野雲さんの前では産田の恥ずかしがり屋な性格も飛散してしまうと言うことか。まあ、認めよう。彼女に男の自制心をすこぶる揺らがせるほどの色気があることは――以上、経験談。
「野雲先輩。そこの先輩が何か卑しいことをしてきたら、すかさず俺に言ってくださいよ。二度と近寄れないよう火星あたりまでぶっとばしますから」
産田はガッツポーズをとって、二の腕を軽く叩いた。力を誇示したいらしいが、残念なことに贅肉が揺れただけである。しかしながら、その体格の差からも分かるように、喧嘩をすれば本当に火星まで飛ばされかねない。
この産田という男は女子の前ではシャイなくせに、男だけの輪に入っていると嫌味な性格になる。先輩への敬意はおろか、鼻にかかる言い方しかしない。権力だけがこの世の全てだと信じて疑わない変態である。
私も美少女の前で下級生に馬鹿にされては赤っ恥である。少しは先輩としての威厳を見せようとしたのだが、そこで野雲さんの後頭部が睨みを利かせた僕の視線を遮った。
「産田君、優秀なボディガードとは無口なものよ」
そこまでは僕への粗相を叱るような険しい口調だったが、次にはいつもに増した甘い口調に打って変わった。「私が助けを呼ばずとも、ちゃんと状況を判断して助けにこられるようにならないとダ~メ」
「は、はい!」
珍しく産田が背筋を伸ばす。
「あ、でも私の友達に手を出しちゃ駄目だからね」
「は、はい!」
産田はもう一度そう言ってから、僕に向き直った。
「先輩も俺のご主人様に手を出しちゃ駄目だからね!」
「出さねえよ!」
――多分な。