第三十七話 港ばあちゃん
港ばあちゃんは予想外の質問に表情を固まらせて、眼球だけをキョロキョロと動かした。それもそのはず、本土の人でこの島の土地を踏むのは凡そ観光客ばかりなのだ。釣をするか海水浴をするか武美山の中腹に寝転び創作のアイディアを練るか。どれも結局は一日足らずで荷物をまとめて帰っていく。そんな観光客に高校生が興味を持つということは考えにくいからである。
「残念だね。うちは浦井島の玄関だけん、本土からの切符を受け取ったり、本土への切符を売ったりするだけよ。暇つぶしに世間話でもして、ときたま話の流れから名前を聞くこともあるけど、名簿までは取ってないんよ」
港まあちゃんがコタツの縁に手を置き、顔を低くして申し訳なさそうに言うので、僕は慌てて「いや、お気になさらずに!」とバイバイのポーズで手を振った。
「じゃあ、ここ数日に訪れた観光客の中にどんな人がいたか憶えてる?」
隣で執拗に泰助が身を乗り出す。港ばあちゃんは視線を右上にめぐらせて記憶を辿るような表情をしたあとに、にっと笑った。しかし、今回のはいつもの暖かい笑顔ではなく、まるで引っ越してきた美少女のことを探ろうとわざわざ港にまでやってきた高校生の若々しくも卑しい行動に思わず不快感を覚え、されど露骨にそれを呈すわけにもいかないから、とりあえず繕ってみたというような苦笑であった。
「あの越してきた可愛い子のことが聞きたいんやろ?」
ビンゴかよ!
しかし、思惑には悲しくも一致してしまったが、本来の目的には一致していない。今日は彼女のことを聞きに来たのではないのである。つまり、黒フードの男、またはそれらしき人物が島に来訪したかを確認しにきたのだ。もしも、彼女意外に来訪した人物がいなかった場合、彼女が一連の犯人である確立はぐんと高くなってしまう。今でも信じがたいが、よくよく考えれば考えるほど、彼女が怪しいのである。
「違うよ。彼女意外で島に来た人はいるかな?」
泰助が否定すると、港ばあちゃんは意表を突かれた顔をしてあんぐり口を開けると、気を取り直してまた視線を右上にめぐらせた。
「まあ、そうだね。釣をしに三人組の男たちがやってきたけど、夜から雨が降るらしいって言って早めに切り上げて帰ったよ」
「それ、いつのこと?」
「……一昨日だね」
つまり、僕たちが野雲さんの部屋を覗きに行くという愚行により法に触れた日だ。
泰助は低く唸る。口元を隠すように手で覆い、何かを推理するようである。
僕も真似して推理してみることにする。三人の男たちがいたということは、その男らが犯人である可能性もある。けれど、釣をしに来て、雨の予報のため早めに帰ったのだから、犯行は無理だ。三人もいれば何かトリックを使い不可能を可能にすることができるかもしれないが、僕には思いつかないため、そのトリックを暴く役目は泰助に任命する。
「それと、一週間前には若い二人組のカップルが浜辺でいちゃいちゃして帰ったよ」
そのカップルはさすがに関係ない、か。けれども、別の島までわざわざ来訪してきて乳繰り合うとは、十分有罪になり得る許しがたい行為だ。恋人と見詰め合ってばかりいないで、少しは海を見ろと叱咤してやりたい。
「もういいや、ありがと港ばあちゃん」
泰助はふっと息を吐くと、立ち上がって僕に向かい「帰ろうぜ」と静かにいった。僕は無言でうなずき、港ばあちゃんに会釈して立ち上がる。
「あら? もう帰るんかい? お菓子とか食べて行かん? 募る話もあるでしょ?」
ことごとく疑問符をつけて引きとめようとする港ばあちゃんに、僕は「あは、そうですよね。じゃあ、お言葉に甘えて」と座り直しそうになったが、それを泰助が静止した。
「いや、今日は用事があるから。帰ることにするよ」
こちらには背を向け、靴を履く泰助。「また、来るから」
「……そう」
港ばあちゃんは少し残念そうに俯くと、じゃあねと付け足した。