第三十二話 ターゲット
何だろう、泰助のキャラがつかめない。
まあ、改稿するときに一貫性を持たせるとする。
僕は足元に学生カバンを置くと、さっそくパソコンの前に座り込む泰助の背中を見つめた。その視線にあたかも気付いているふうに、泰助は「謎は深まるばかりだな」と応えた。僕と泰助を隔てるように、ガラクタの海が連なっている。
僕が抱えている謎と泰助が抱えている謎にどれだけ違いがあるかは分からない。けれども、大方は同じことを考えているように思う。
まず、第一は犯人の正体である。これは言うまでもなく謎だ。なぜなら、ここは外部の者が容易に出入りできる本土の町とは違う、孤立した島なのだ。外出して出会うのは知り合いばかり、会話をしたことがない住人はいるだろうが、顔を知らない住人など皆無に等しい。そして、その中に黒フードの男などいないのである。
次に事件内容の食い違いである。野雲さんは事件の概要を説明したとき、竹内が何かに怯えだして逃げ出したと言っていた。それに対して、竹内は危険な視線を感じて野雲さんを無理やり下山させたという。どう考えても、話に矛盾がある。もしも野雲さんの話が本当ならば、竹内は女性を一人残して情けなく逃げたといことになるのだから、竹内はその真実を隠そうと少し嘘をついたのかもしれない。
そして、僕にとっての最大の謎。それは、病院にて医者が僕らに探りを入れたとき、なぜ泰助は素直に「黒フードの男に襲われた」と告白しなかったのかということである。大人の力は絶大だし、事情を語れば竹内が二次被害にあわないよう保護してくれるだろう。駐在さんも本腰をいれて操作に打ち出すかもしれない。
なのに、何の考えがあってそれを躊躇したのか。
「おい」
「……ん?」
泰助はやっぱりこちらには振り返らず、マウスを滑らせながら反応した。
「なんで、竹内のこと誰にも話さないんだ?」
今日だって、腫れた顔で登校してきた竹内の席にはクラスメイトが押し寄せあっていて、後輩や同級生の隔たりなく質問攻めをしていたが、泰助はその「どうしたの?」「けが?」「痛いの?」という質問の数々を竹内が答えるかわりに「黙れ!」という一言で一掃し、「事件のことは何も話すな」と竹内に耳打ちしたというのだ。
「どこに犯人がいるか分からないからな。事件の結果を犯人に悟られないためと、他のクラスメイトを巻き込まないだめだよ」
久しぶりに泰助がまともな事を言ったと思う。
「でも、大人に相談するのも、ひとつの手じゃないか?」
「駄目だよ、それは。たとえばさ、学校の先生にそれを言ってみろよ。すぐに集団下校だとか教員が見回り徘徊だとか犯罪防止ポスターだとか、色々と騒がれるだろ。そうすると、犯人が手を出せなくなる」
「それは、いいことなんじゃないか?」
僕は首を傾げた。泰助はくっくっくと肩を跳ねさせてリズムよく笑うと、「本当に君は探偵に向いていないな」と嘲るように言った。向いていなくとも、やめちまえ、とは言わないんだよな。
「犯人が手を出さなくなると、これ以上、犯人の手がかりは途絶える。すると、竹内をあんな目に遭わせたやつを捕まえることができないだろ? 君や野雲さんだって、拷問が趣味の大柄男と同じ区域にいつまでもいたくないだろう? 何せ……」
泰助はそこで言葉を区切った。ずっとパソコンに向かっていた顔が、ゆっくりと扇風機が首を振るようにこちらへ向き直る。やがて、不気味な笑みの泰助は僕に指をさした。
「次のターゲットは、君かもしれないんだから」