第三十一話 翌朝
漢字検定二級に受かったという吉報が届き、今現在において私は有頂天である。たぶん、何をされても怒らない自信がある。パソコンにウイルスを送りこまれても笑顔でそれを受け入れるぐらいの懐の深さがある。感想欄に「なんだこれクソつまんね」とかいう罵詈雑言が連なっても笑顔で返信する傾向がある。
いや、嘘だけれど。
以下は、翌朝の学校で竹内から屋上へ呼び出された僕と泰助が聞いた、事件の概要である。
野雲さんに学校を案内したあと、竹内は確かに校外にも先導しようと試みたらしい。野雲さんが乗り気でなかったから、よっぽど止めようと思ったらしいが、ミッチー湖を通り過ぎたあたりで彼女の足取りが急に軽くなったので、不思議に思いながらも案内を続けたという。もっとも、この時の野雲さんの気持ちは昨晩に聞かされていた。野雲さんは竹内に変なことをされるのではないかと危惧していたのだ。
表情にいくらか明るさが戻った野雲さんを連れて、ちょうど例の源流へ向かっている時のことらしい。竹内は視線を感じたのだ。身体の芯を突き通すような冷えた視線を。
まだ日のあるうちだったから、視線の主を見つけ出そうとすればできたのだろうけど、周囲には大樹が身を寄せ合って視界を遮っている。ゆえに無闇に探し出すのは危険だと判断したのだそうだ。それに、自分の見間違いかもしれないし、下手なことを言って野雲さんを怖がらせるのも気が引けた。だからしばらくは黙って歩いていたのだけれど、次に竹内は視線の主の影を見たのだ。
一本の大樹から、かすかに大樹本体ではない異形の影が横に伸びていた。影は生々しく揺らめき、それが息を潜める人間のものであることを裏付けさせる。
大樹との距離は五メートルほどで、今にナイフを持った人間が飛び出してきたら、自分は逃げれても野雲さんまで守りきれるかどうか分からない。そこで竹内は男らしくも声に出さずに野雲さんへ下山するよう促したのである。
しかし、その際に大樹から警戒の念を逸らしたのが欠点となった。「いきなりどうしたの?」と首を傾げる野雲さんを無理やり下らせて、いざ視線の主と対峙するために振り返ろうとしたときだった。身体に何か衝撃が走り、目の前が一瞬にして暗くなったのだ。
そして、気付いたときには例の火あぶり状態だったという。僕たちが駆けつけたのが目が覚めて約十分後であったらしい。
岩に杭を打ち込んで、ロープで括って、竹内の身体を引き上げ、焚き木を集め、点火する。その作業はかなりの時間を要するだろう。だとしたら、火あぶりにするための準備は竹内が目を覚ますギリギリまで行われていたかもしれない。つまり、同時に僕たちが駆けつける少し前までは犯人がいたということになり、竹内が火に焼き付けられていた時間もそれほど長くないということになる。軽症で済んだのも頷ける。
あれだけ、のんびり武器探しなんてしていたのに――結果としては良かったが――竹内の顔が溶けだす前に助け出せたのは運が良かったとしか言いようがない。もっとも、泰助がいなければ助からなかっただろうが。
そのことを説明すると、竹内は涙ながらに泰助に感謝の言葉を述べた。