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第三十話 悪役

やばい、もうすぐ『閉鎖空間と悪罵少女』に文字数が追いついてしまうというのに、話はまだ起承転結でいう『起』である。どうしたものか、どうしたものか。

「うーん」


 医者は少し考える素振りを見せて、やがて決心したように口を開いた。


「オマエたちの事情も考えて、こうなった理由は訊くまいと思っていたんだが。やっぱり今回の火傷は少々度が過ぎる。前回のとも成り行きは違うんだろう?」


 前回とは、もちろん花火をした高校一年の夏のことである。泰助から花火をポケットに突き立てられた僕は、家に帰宅するまでは気付かなかったものの、風呂の湯船に浸かったとたん背中に焼け石を押し付けられたかのような激痛に襲われたのだ。思わず僕は時代劇の一刀両断された悪役のごとく「ぐあああ」と悲鳴を上げた。それが風呂場であったから、それはもう響く響く。数分後には両親を始めとした近所の親切な皆さん、噂を聞きつけた学校の教員、心配したクラスメイト、久々の事件だと目を輝かせた駐在さん、それから道行く野良の犬猫までが僕の家の前に野次馬を形成した。


 島の安寧を揺るがすような大事件にされてしまっては、「あはは、火傷がしみただけです」と拍子抜けさせる根性も、「すみません、すみません、すみません」と平謝りする気概も沸かずに、最終手段として家を抜け出し病院へ駆け込んだのである。結局は、治療を受けた後に平謝りすることになったのだけれど。


「まあ、できれば触れて欲しくないですね」


 腕を組んだ泰助は、妙に眼光を鋭くさせながら医者に言い放った。僕はここで大人の力を借りるべきだとも思ったが、泰助の横顔からは固い意志のようなものが読み取れ、何も口出しはしないことにした。


 僕が竹内を助けようとして混乱していたとき、水の波打つバケツを持って援助した泰助。竹内が助からないことを悟り、その意思の表れとして溢れ出した涙、それまでも消し飛ばすような態度をとった泰助。僕と竹内は今回、泰助に助けられたのだ。その泰助が公言を禁ずるというのであれば、僕は従わなければならないだろう。


 もっとも、被害者である竹内は、一刻も早く安全圏へと身を潜めたいはずであり、そのためには公言せざるを得ないのも確かだ。大人たちに匿ってもらうためにはそれなりの理由が必要であろう。


「もう帰ってもいいぞ。あとは自然治癒に任せるんだな。風呂に入るときはなるべく傷口に触れないようにして、できるだけ安静にな」


 医者は手を払いながらとっとと出て行けというふうにそっぽを向く。何だかんだ、行き着くところは『寝とけば治る』療法ということだ。医者の不養生なら自分の事を棚にあげてしまうほど、仕事にひたむきな熱意を注いでいるという真面目さがあるが、目の前の医者からしてみれば医者の不養生なんてありえない。医者の養生はもとより、時に患者の不養生すら楽々こなしてしまう男だ。


「竹内、歩けるか?」


 僕が訊くと、竹内は宇宙旅行から生還し、久しぶりに地を歩く人間のごとく覚束ない足取りで立ち上がり、歩いてきた。


「帰ろう、話は明日の学校でする。今日は疲れた」


 顔に傷が残らないで安心した竹内は、すでに次の問題へと視点を移しているようだった。どこか深刻な顔つきになっているのは、まだ火傷が痛むのか、それとも自分を襲った犯人への怒りからか。しかし、どちらにせよ、竹内の足元がふらついているのは確かなので、今日は素直に身体を休めるべきだと思った。僕は、慌てて竹内に肩を貸し、「そうだな」と独り言のように呟いた。


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