第三話 高尚探偵団
予約投稿とは意外に便利なものであった。
「まあまあ、そんなに睨むなよ」
泰助はお気楽そうに寝転がると、手元に落ちていた青い風船を気まぐれに膨らませ始めた。最初は膨らませてもゴムが引き締まっているせいか、空気が逆流して泰助の頬が膨らませられていたが、次第にゴムが緩んできたかと思うと一気にサッカーボールほどに膨らんだ。
「いいから、とにかく用件を言えよ」
一歩踏み出して強く言ったが、踏み出した右足が完成したジグゾーパズルの角にぶつかって、その振動により填め込まれていた犬の顔が崩壊した。泰助からは見えない角度での不祥事のため無関係を装うことにする。
「用件じゃないって。今回は本当に事件さ」
風船の口を指で挟んで塞き止めた泰助は、それをブラブラと振りながら自慢するように言う。「きっと、君も驚くと思うなあ」
住人のほとんどが顔見知りの浦井島で殺人事件も盗難事件も起こるはずがない。時代に取り残されたような穏やかな島で殺意をたぎらせるような気性の持ち主はいないし、売って金になるような逸品を所持しているような人間もいない。だいたい、何らかの犯行に及んだところで海に囲まれた島ではすぐ捕まるだろう。逃げるためにフェリーに乗らなければいけないし、乗ったところで本土の港に大量の警官が腕を組んで待機しているに違いない。
「いいから、とにかく用件を言えって」
「あれ? 気になる?」
寝転び愛嬌を振りまく猫のような体勢で泰助は風船をブラブラさせ続ける。ただ、その顔が振りまいているのは、とうてい愛嬌ではなく卑猥な笑みである。口の周りに生えているひげが不潔感を増している。彼だって週に二、三度はひげを剃るらしいが、幻のひじき養殖場もかくやというほどに、一日後にはきっぱり元の状態に戻っている。
「やっぱり、君も高尚探偵団の血を受け継ぐものだねえ」
「高尚探偵団に代々受け継がれるほどの歴史ない。いいから、とにかく、用件を言え」
両親に「ランニングしてくる」といって出てきた身としては、あまり時間が遅くなってはいけないのだ。僕の普段のランニングコースは海岸沿いにちょうど島を一周する。だいたい二時間あればゴールしてしまうため、それ以上もたもたしていると訝しげに思われるだろう。本土ならば「寄り道してた」とかいう言い訳も通用するんだろうが、島に寄り道する場所などほとんどない。
先ほどから「用件を言え」と何度も訴えているが、泰助は「どうしよっかな」「どうしよっかな」と焦らすように笑っている。あまりにイライラしたので、足元の歪んだ犬の顔面を再構築が望めないほどに崩してやった。