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第二十九話 医者

うーん、何か「あまり頻度には出てこないけど、少しぐらいなら物語に関わるかな?」という登場人物には名前をつけるべきかつけないべきか悩んだ。結果、読者に無駄な頭の容量を使わせないため、『医者』で突き通すことにした。


 廃れたような裏井島の病院は、風邪や熱に発症して診察を受けにいっても「寝とけば治る」と突き返される、病院にあるまじき病院なのであるが、いつもは不真面目な医者も今回ばかりは、慌てた顔つきになって竹内を奥の病室へ運ばせた。


 下山するまでは、何とか意識を保って自ら歩いた竹内であったが、どうやら朦朧としていたので肩を貸すと、そのままぐったりとうな垂れた。息はあったが気絶していたので、僕は泰助と力を合わせて海岸沿いのこの病院まで運んできたのだ。


 竹内は運んでいる最中にも「俺の顔が……」と何度か寝言のように呟いていた。僕の目から見ると、そんなに火傷は酷くはないけれど、俳優を志すにつけどれだけ傷跡が残ってはいけないのか、どれぐらいまでならば傷が残ってもいいのか、僕には分からない。もしかしたら、ちょっとした痣や傷が残るだけでも俳優になる可能性は確率的な問題で、低くなっていくのであろうか。


 僕たちも何か手伝うことはあるのだろうかと、医者の隣に突っ立っては見たものの、一瞥されてから「下がってろ」とアゴで払われた。僕たちは無言のまま、妙に医薬品臭い空間の隅へ押しやられる。室内はあまり広くなく、カーテンも閉ざされていてどこか閉鎖的だ。病院と言えば白というイメージだが、ここはどちらかと言うのであれば、灰色だ。病院全体にホコリがまぶされているような薄暗さがある。


 医者は竹内の耳元に囁くように「大丈夫か、大丈夫か」と何度も連呼している。ベッドの足についたローラーのロックを解除し、病室の隅――僕たちとは反対の部屋の奥の方――へ泰助を乗せたままベッドを押して運んだ。そこには設置された大きな流し台があり、医者はベッドの傾斜を傾けて、泰助の顔だけ流し台にはみ出させた。ちょうど、散髪屋さんで髪を洗ってもらうときのような格好である。


「ちょっと、しみるぞ」


 そう言いながら、医者はどこからともなく洗濯ばさみを取り出し、それで竹内の鼻を摘ませた。「ふご」と鼻息をせき止められた音を出した竹内は、気絶中にも関わらず眉をひそめる。次の瞬間には医者が蛇口をひねり、水が竹内の顔面に滝のごとく流れた。そして、しばらく水を流し続けては、息づきのため放水をやめ、また水を流す。こちらから見れば生き地獄のような惨状であるけれど、おそらく火傷の対処法とはこういったものなのだろうと納得する。まあ、このおやじ医者ならアロエを取り出しかねないと危惧していたので、まだ信憑性のある治療ではあった。荒いけれど。


「な、なにを……?」


 三度目ぐらいの息継ぎの間。竹内はようやく目を覚ましてそう言った。水で冷やすことにより、長時間熱せられた頭が冴えたのか、幾分が冷静さを取り戻しているようにも見える。


「火傷の応急処置だよ。動くな。ほら、もう一発いくぞお」


 竹内が返事をする前に医者は蛇口を回し、瞬時に竹内の困惑するような表情が流れる水に揉み消される。「ふごごごご」と急に訪れた呼吸不能状態に竹内は身体を跳ねさせる。


「そうだ! お、俺の顔! 傷残るのか?」


 水の流れに逆らって、竹内は腹筋の要領により身体を起こす。水が頬から首筋へ伝い、襟元を濡らす。竹内の質問の答えは、他者である僕自身、気になった。


「心配するな。軽傷だから、痕は残らないだろうよ」


 医者は少し太り気味な腹を、白衣の上から撫でながら、のんびりと答える。僕と竹内はほぼ同時に胸を撫で下ろした。


良かったね、竹内!

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