第二十八話 パニック
ここから、話は展開されていくのですね!
……って前にも言った気がする。
杭が、抜けないのである。
それはそうである。竹内という一人の人間を支え得るほど深く食い込んでいる杭を、僕が抜こうと思って抜けるわけがない。僕は、むやみやたらと杭を引っ張るだけで、頭の中は混乱していた。長時間吊られていれば頭にも血が上るだろうし、そうして溜まった血を沸騰させるように、下からは火が焼き付ける。竹内がこのまま助からないことを考えると、知らぬうちに涙が溢れていた。しかし、だからと言って何か名案が浮かぶわけでもなく、僕は無我夢中で杭を引っ張ることしかできなかった。今、竹内の状態がどれだけ苦痛なのかは理解できないけれど、地獄のごとき環境であることは確実である。すぐにでも助け出してあげなければならないのに、このままでは杭を抜くまえに竹内の顔は焼け溶けて――。
「まずは、火を消すべきだよな」
僕の頭の中の混乱を、すべて取り除いていくほど落ち着いた声であった。視線を杭から外すと、そこには泰助が居て、水の入ったバケツを傾けながら焚き木を鎮火していた。じゅうと音を立てて、辺りを明るくしていたオレンジ色の光が途絶える。
泰助が持っているバケツには見覚えがあった。数年前に耕されていたふもとの畑へ小川から水を運ぶために使っていたものだ。ただ、土地を切り開いて水路を作ってからは、使われなくなって放られていたのだろう。廃れていて、バケツの縁は欠けていた。
「偶然見つけてさ」
泰助は自慢げな顔で僕を見上げる。
その悠々とした態度が癪にさわる。「いいから、はやく杭を抜かないと!」
僕は岩に突き刺さったそれを指差して、泰助に助力を求めた。しかし、泰助は「わかってないねえ」などと首を振りながら、ポケットを探る。
あ、そうか。
僕が納得したときには、一本目のロープは糸きりバサミで切られていた。泰助は竹内の身を支えながら、二本目もちょん切る。そして、ぐったりとした竹内を岩場に横にさせてから、僕に下りろと指示をだした。
僕の頭からパニックという文字が消え、ようやく息も整う。指示にしたがって岩から下りると、泰助と目を合わせた。
「おまえ、何でそんなに用意がいいんだよ」
一刻も早くと走ってきた僕よりも、のこのこ後からやってきた泰助が事態を手早に始末するというのは、何とも皮肉だ。けれど、今回ばかりは、泰助がいて良かったと心から思う。
何だかんだ、いざというときには、泰助が頼りになるのだ。
「準備がいいんじゃなくて、運がいいだけだよ」
泰助は、激しく呼吸する竹内を見下ろしながら、そんな事を言った。僕は、それにつられて竹内のほうを見た。そして、安堵する。
どうやら、顔の火傷はたいしたことないようである。
しかし、これで実際に被害者がでたことになり、同時にフードの男の存在が証明されたことになる。
だとしたら、いったい誰が?
僕は枝葉に切り取られた夜空を睨み付け、息を呑んだ。そして、一陣の風が、僕らを吹きつける。