第二十四話 ミッチー湖
今晩中にもう一話投稿するので、続きが気になる方はぜひお待ちください。
武美山にこれといった道がない。比較的ゆるやかな山なので、頂上も正確にはどこか分からない。もし武美山が人間の頭だったとしたら、四十代後半のおやじの頭部である。木々も鬱蒼とするほど茂っていないし、覆う木がなく地肌をむき出しにした部分も見受けられる――実際、山の中は木と木との間隔が広いので、歩くのに窮屈することがない。
どちらにしろ、若々しくないこの山は、地盤が固いとか害獣が多いだとか乾燥しているだとかで、食物栽培には向いていないらしい。栄養失調でやせ細り、触れるだけでポキリと折れてしまいそうな木がほとんどであるから、山に活力がないというのは素直に頷ける。唯一として生物活動が盛んなポイントといえば、例の小川の源流付近であろうか。あそこは僕がハグしても腕が一周届かないような幹の太い大樹が何本も空を突き、コケをまとった巨大な岩がいくつも腰を据えている。ぼうっとしていたら意識ごとどこかに吸い込まれそうなほど、神秘的な空間なのだ。美しすぎて怖い、という言葉が見事に当てはまり、小さい頃は探検ごっこなどをいていたものだが、あそこだけは近寄りがたかったのを思い出す。幽霊とか妖怪とか、そういう意味ではないけれど、あそこには何かがいるのだ。うまく表現はできないけれど、一番近いイメージを述べるのであれば、地球そのものである。あの場所には、地球そのものが息を潜めているのだ。たかが学校のグラウンドぐらいの面積の一帯に、地球という星の意思がすべて集中しているような感覚だ。
「とりあえず、ミッチー湖のほうへ行ってみようか」
山を登りだしてからは、ゆるやかと言えどさすがに疲れるだろうと歩きだしたので、泰助も除々に体力を回復しつつあった。
ちなみに、ミッチー湖とは同学年の佐村道彦が中学生の頃、真冬にも関わらず他同伴者のあおりを受け、半裸で飛び込んだという伝説がある湖である。ミッチーとは道彦のあだ名であり、何も未確認生物が生息しているという噂が誇張されてついた名前というわけではない。そもそも、小さな湖であるから正式な名などないのであろう。
「そうだな、竹内が逃げ出したのがミッチー湖の近くなら、そこを基準として探すのが効率いいな」
僕は歩を休めることなく言う。靴裏に土がまとわりつく感覚があった。それには、何だか爪と指の隙間にホコリが詰まっているような不快さがあり、今すぐ木の枝で靴の溝をなぞってやりたいが、どうせまた歩くだろうし、同じことを繰り返している暇はないので、竹内を見つけたあとに下山してから靴を洗うことにする。
既に山の中腹まで上っていたのだが、ミッチー湖はふもとにあるため、また一度山を下りなければならない。けれども、ただ行き返すのではなくてミッチー湖の方角へ進みながら、除々に下りて行くのだ。上り始める前に気付けば一番よかったのだけれども、四の五の言っていられないので、とにかく歩く。
今度は泰助の背中を追うような形で下山したのだが、ミッチー湖はわりと早く見つかった。四方八方へと伸びる枝の先に、今にも闇へ沈み込もうとするような水面が視界に捉えられた。