第二十三話 花火
花火っていいですよね。ただ色付きの光を眺めるだけなのに、どの年代の方もわいわい楽しんでいるように思えます。子供の頃の話ですが、ふと「花火で草は燃えるんだろか」と大人たちの監視の目をかいくぐって試そうとしたことがあります。でもそうしたら、一緒になって花火をしていた近所に住む年下の女の子が「ダメ! 花は大切にしないとっ」と割り込んできました。別に花を燃やそうとしたわけではなかったのですが、燃焼対象であった雑草の近くに名も知らぬ小さな花が咲いてあったので、多分それを燃やすんじゃないかと勘違いしたんでしょうね。
でも昔の私は少々ぶっきらぼうな性格だったもので、「うるせい! 男のロマンに女が口を挟むんでねえ!(多少誇張)」と雑草に的をしぼったまま持ち出していたライターで点火しようとしました。すると、むきになった女の子は頬をふくらませて「もう! ダメってば!」と私から花火を横取りして点火をさせまいと、花火を折り曲げて使い物にならなくしました。
「花は大切にしなさいよ!」と彼女が未就学児にあるまじき怒りを見せたので、私もそれならと先輩としての威厳を保つためひねくれたことを言ったのです。
「花火も花じゃん……」と。
女の子はキョトンと目を丸くして、手元の折られた花火を見下ろしました。そして、頭の中で私の発言の意図を考える素振りを見せてから。
「ち、違うもん! 花火は花のような火ってだけだもん!」と反論しました。私は対象的に「違う違う、火が出る花ってことだ」と当てずっぽうで言い返しました。
真偽のほどは定かでないけれど、年の差というものがモノを言ったのか、女の子は「うー」と唸りながら帰ったのです。文では伝わらないけれど、そのときの女の子の負けは確定だけど認めたくない、というかそういう健気な子供らしい姿に心がキュンとしたことを覚えています。
結果として雑草は燃やせなかったけれど、女の子には萌えたのです。
いや! ごめん! 長々と! “萌え”とか滅多に使わないくせに、本当にスンマセン! そうですよね! 本文読みたいですよね!
武美山に近づくにつれて、周囲は島本来の姿がむき出しになっていく。掛けていく二人の男に踏まれては露を飛ばしていた雑草も、進んでいくごとに背丈を伸ばし、今や膝の高さにまで至っていて走りにくいうえ、むず痒い。
この島で生を受けて十八年にならんとする高校生でも、夜中に武美山付近に近寄ることは片手の指で数えられるぐらいしか経験していない。確か前回は高校一年生の夏の終わりに、クラスのみんなを連れたって小川で花火をしたのだ。赤色や青色、緑色に黄色。弾けるような光を空間に注ぎ、みんなで笑いあった。火薬のにおいを乗せた煙が一面に漂うなか、周囲の闇や無音に抗うようにみんなで騒いだものだ。僕は泰助から尻ポケットに点火した花火を突き立てられ、鞭を打たれた馬のように川辺をあたふたと駆け回っていた。そんなこんなで疲れきった僕は竹内と肩を並べてぼんやり線香花火を眺めていたのだ。
「俺さ、成人したら島を出て行くよ」
確か、そんなふうに竹内は切り出した。あまりに衝撃的だったので、僕は言葉もなく、ただ線香花火から視線を竹内に移した。小川のふちに二人きりで座り込んでいて、川のせせらぎが心地よかったのに、そんな音は一瞬で消えてしまった。背後ではクラスのみんなが相変わらず騒いでいたが、その楽しそうな声も特急電車が遠ざかっていくように、意識から離れていった。電車はテレビでしか見たことないけれど。
「俺、俳優になりたいんだ」
竹内は少し恥じるように告白したが、これはこれで納得のいくような気がした。竹内は確かに面容の整った男だし、クラス演劇の時も一人だけ本腰をいれて主役を自ら買ってでていたのが記憶に新しかったのもあるだろう。
「なれちゃうような気がするよ、竹内なら」
おそらく、こういう青春の途上で見つけた初々しい夢は、叶うにしろ叶わないにしろ潰してはいけないような気がして、僕はそう言った。言うからには気迷いを悟られないようにはっきり言った。解答自体が曖昧なものだったが、曖昧さを感じさせないぐらいに、断言したのだ。
「そっか」
竹内は素っ気なく僕から視線を逸らすと、漆が流れているような夜の川面をぼうっと眺め始めた。それから終始無言であったので、何か気まずいことでも言ったかと心配になったが、ふと見た竹内の横顔はやんわり嬉しそうだった。
「ちょっと早いって」
いつの間にか過去へ意識が飛んでいたようで、僕は知らず知らずのうちに速度を上げ、泰助とだいぶ距離を開いていた。立ち止まると、「待ってって何回言えばいいんだ」と団長の面目の欠片もない発言をされた。どうやら、過去の情景に浸っているうちに何度か泰助に声を掛けられたらしい。そう言われれば、背後からそんな声があったような気もするが、耳に入っていないのだからしょうがない。
気付けば地には傾斜ができていて、もう武美山圏内であった。