第二十二話 小川
短いようにも見えますが、文の量はいつもより多いです!
……ってなんで私はこんな言い訳をしているんだろう。
そういえば、両親には何も言わずに出てきてしまったな、なんて思いながら僕は泰助と肩を並べて走っていた。左右に流れる木造建築の住宅は、どれも夜の闇に黒く塗りつぶされていて、窓から漏れる光だけが、かろうじて僕らの道中を照らしている。
昨晩ほどの不気味さはないが、それでも夜空は分厚い雲がうごめいていて、何か不吉な予感がする。
やはり毎日のランニングが功を成したようで、いくら走っても疲れがこない。相対的に暇さえあればパソコンの前でくすぶっているような不健康野郎は、何度も「もうムリ」と息を上げて立ち止まろうとした。しかし、僕が意に介さず距離をどんどん広げてやると、取り残されたくはないようで息を荒げながらも付いて来た。それを幾度となく繰り返しているので、泰助からすれば拷問を受けているような気分であろう。
竹内を早く助けなければならないという焦りと、泰助へ普段の仇討ちをしているという爽快な気分のお陰で僕の肉体は今だ走ることに余念がない。ちなみに僕らの家は島の中央にあり、武美山は北端にそびえている。鼻先まで武美山は迫ってきている距離なので、およそ三キロは走り続けている。
ここに来るまでに、学校の校門前を横切り、島では珍しい生活必需品を売る『よきつ屋』の店主がシャッターを閉めている後ろを横切り、対象年齢三歳ぐらいのミニチュア遊具ばかりが置かれている小さな公園を横切り、同校に通う友人ら二十九名中二十三名の自宅前を通り過ぎた。
やがて住宅街の界隈を抜けると、アスファルトだった地面は芝生で軟らかくなり、視界が開けて風が吹きぬけはじめた。昼間であったらほのぼのと日向ぼっこなんてできるお気に入りの場所だけれど、夜だとどこか野性の世界がむき出しになっているようで、どこか心細くなってしまう。茂み何かが潜んでいるように感じて怖くなってしまうのだ。
武美山のふもとまで来ると、目の前に小川が流れている。橋はないが、優に跳び越えられる幅しかないため障害にはならない。武美山の山間部を源流とするこの小川は近年まで川縁の土を侵食していき着々と川幅を広げていたのだが、見かねた住人に岩で脇を固められ大川に成り損ねたのである。
僕は草原のガゼルのごとく立ち止まりもせずにぽーんと跳ねて対岸へ着地したのだが、後ろを振り返ると泰助は川縁の岩の上で立ち止まっていた。肩で呼吸をしながら右足を上げて跳ぼうとしては、踏ん切りがつかずに一度足を戻し、深呼吸をし、また挑戦しようとしている。
無視して走り去れば、「待ってよう」と泣きじゃくりながら跳んで、着地に失敗しては川面にしぶきを上げる滑稽な泰助の様子を見れるのではないかと思ったが、竹内を捜索する手前、一人では心細い。ここで泰助を手放す理由もないだろうと僕は戻って手を貸すことにした。
「おいおい、それぐらい跳べるだろう」
そう言って軽く笑ったせいか、泰助は僕の手を借りることを躊躇ったが、結局は僕に支えられカエルのごとくぴょんと跳ねた。「走りすぎて筋肉が強張っていたんだ」がそのときの言い訳である。