第二十一話 血の玉
はあ、まだ二十話か。
あれだよ、パソコンでいうファイルのダウンロード時に『残り時間 2時間30分』とか出てきた時ぐらいの億劫さがあるね。
「え? そんなに大きなファイルじゃないのに!」的な感じで「え? そんなに長引かせるはずじゃなかったのに!」みたいな。
泰助は眠そうに大きくあくびをすると、自分で自分の肩を揉みながら、ガラクタの山に向かい合わせに座り込んだ。
「おい、座ってる暇なんてないぞ。一刻も早く竹内を探しにいかなきゃ」
のんびりとガラクタを漁りだした泰助は、僕の煽りも意に介さない。店員がレジで商品を通す時、バーコードを探し出すような手付きで、ガラクタを確かめてはポイっと捨てる。
「もしも不審者がいるんなら、俺たちも素手じゃ負けちまうかもしれない。相手は武器を持ってる可能性があるからね――だから、俺たちも何か武器になりそうな物を持っていったほうがいい」
泰助が久々に気の利いたことを言った。赤ん坊が始めて「まま」と声を発した時のような驚きと感激があった。本格的な事件が起き、彼もようやく団長としての意識が高まったのだろうか。
僕も泰助の隣に屈みこんでガラクタの山に手を突っ込む。適当に引っ張り出していくと、それはおもちゃのヨットの帆の部分だけであったり、オーストラリアの一帯が剥がれた地球儀であったり、ミロス君の腕であったりした。もっとマシな物はないのかと隣の泰助に難癖をつけようと思ったが、彼自身も目ぼしい物が発掘できずにイライラしている様子であったので踏みとどまっておいた。
というか、もしも不審者がナイフや銃を携帯していたら、こんなガラクタから見つかるような武器で太刀打ちできないだろう。そもそも、そんな危険な犯人であるならば、竹内は今頃……。
「もういい。武器なんていらないから、さっさと行こう」
枝葉のかたまりを掻き分けながら、決死の形相で山を駆け抜ける竹内の姿が脳裏に映し出され、僕は息を呑んだ。想像したくもないのに、得意げに固めていた髪は乱れ、葉に擦り切られ肌に血の玉が浮かび、泣きながら不恰好に走る竹内が脳裏から離れない。そして、その竹内の後ろからは、フードで顔を隠した不気味な男が、手に持ったナイフを反照させながら悠々と歩いてくる。
「そうだな、もういいや。これで」
僕に合わせて立ち上がった泰助の手には、糸切りバサミが握られていた。しかも、キャップなど刃先を覆うものがなく、鋭利に光る銀色の刃が剥き出しになっていた。今まで幾度となくガラクタの山に飛び込んでくつろごうかと迷ったものだが、そのガラクタの中にこんな凶器が混じっているとは思いも寄らない。今まで我慢して突っ立っていて良かったと心から思った。
泰助はシャキシャキと音を言わせて糸切りバサミの切れ味を確かめるようにすると、やがてそれをポケットに入れた。素直に危ないと思う。
しかし、どこ吹く風で「ほら、早くいこうぜ」と間抜けな顔をしている泰助に「ポケットに刃物を入れるのは危ないよ」といちいち善導するにも気概が足りず、放っておくことにした。
そして、ようやく部屋から出て行ったのである。