第十九話 事件
テスト勉強の合間に息抜きで執筆するつもりが、筆の置きどころが掴めずに投稿まで持っていってしまった。
息抜きのはずが息絶えそうである。
泰助の部屋へ押しかけると、電燈の点いた部屋の中央には正座して向き合う二人がいた。ガラクタの数々はむやみに部屋の隅へと押しやられ、野雲さんには座布団まで貸し出されている。あきらかに僕と待遇が違うのだが今はそんな事に突っ込んでいる暇はない。
肩で呼吸をするような僕の気配に気付いたのか、野雲さんがこちらに振り返る。僕は軽く会釈してからズカズカと二人の間へ踏み込み腰を下ろした。二晩連続で泰助の部屋に来訪する羽目になるとは思ってもみなかったが、ほこりの積もった電燈が淡い光を発しているのと、今まで二枚貝のごとく開くことのなかったカーテンが潔く夜の町並みを公開していることで、昨晩とはずいぶん違った雰囲気である。押しのけられたガラクタさえなければ別の住居だと勘違いしてしまうかもしれない。
「で、竹内がどうなったって?」
まだ酸素を欲して上下する胸部を押さえつけるように息を呑むと、二人の顔を交互に見た。次にすがるような声を上げたのは野雲さんである。
「私が竹内君に校舎を案内してもらっていたことは知ってるでしょ?」僕はうなずいた。「そのあとね。竹内君が学校以外の島のことも案内してあげるって誘ってきて、私は遠慮したんだけど半ば無理やり腕を引っ張られてね。島の北端にある山の近くを徘徊してたの。初めは変な事されるんじゃないかって思って抵抗してたんだけど、そんな素振りもみせないし、山のほとりにある湖を過ぎたぐらいで観念して着いていくことにしたの。でも、歩いていたら突然に竹内くんが何かに怯えだして、私を置き去りにして走っていってしまったの。私、怖くなって後を追ったけどどこにも居なくて」
そこで野雲さんは声のトーンを低くした。
「それで諦めて家に帰ろうとしたとき、私見たのよ」
「……変な人を?」
僕が恐る恐る尋ねると、野雲さんは目撃したときの情景を脳裏で想起させているように、焦点の合わない目でゆっくりうなずいた。つまり、竹内はその変な人の存在にいち早く気付き、怯えて逃げ出したのか。
「でも、電話で野雲さんは『連れて行かれた』って表現をしたよね。連れて行かれるとこを見たの?」
「ううん。見てない。でも竹内君が逃げていったのって山奥の方向だったし、あれはどうみても彼の後を追いかけるような素振りだったから。思わず連れて行かれたって認識しちゃったのかも」
僕は珍しく横で黙って訊いていた泰助と視線を合わせ、ここが高尚探偵団の出番だなと意思疎通を図った。泰助も僕の視線に気付き――
「ん? なに?」
駄目だった。
「ここが探偵団の出番だろ!」
僕は叱咤した。
今までろくな事件も解決していない――というか事件がない――探偵団である。どうせ団に身を置くのであれば、そこそこ誇れる団に所属していたいというのが不幸中の幸い的な本望だろう。
僕は選挙立候補者のごとく拳を作って立ち上がり、炎のたぎった情熱の目を野雲さんに向けた。ここは任せてください、と。
「え? なに?」
駄目だった。
「野雲さん! 竹内のことを探してほしいとかそういう頼みをしに来たんじゃないんですか!」
「あ、うん。そうなの!」
野雲さんは流れるような黒髪を肩で跳ねさせて、立ち上がる。
泰助もつられて立ち上がる。これでガラクタに囲まれながら顔を合わせる三人組という奇怪な情景になった。
「奇遇にも僕らは探偵です。この件は僕たちに任せてください」
僕は胸を張った。
まあ、なんて頼もしい、とはならなかったが、それでも野雲さんは身の寄り場を見つけたような安堵とした顔なった。
「ところで、その目撃した変な人って、こいつのことじゃないよね?」
一応、隣の団長を指差しながら訊ねてみる。
「黒の大きなパーカーを着てて、フードをしてたから顔は見てないの。肩幅からすると男性ではあったけど、泰助君ではなかった。もっとこう、大柄な人だったから」
なるほど、誠に遺憾ながらそれは確かに泰助ではないな。転校してきた美少女とのファーストコンタクトを奪われたという意味不明だが泰助になら納得できる犯行の動機はあるのだが、付け加え彼は黒のパーカーなんてもっていないのだ。
「こいつではないの?」
仕返しというように泰助も僕のことを指差したが、同様の理由により野雲さんは苦笑いで首を振った。
まあ、ある種の意味でなら、僕も泰助も変な人なんだろうけれど。