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第十六話 野雲明美

さあさあ、今回はちょっと長いぜ!


本文も、次話の投稿までも!


 本日の弁当はしょうが焼きと自家製のじゃがいもを使ったポテトサラダ、煮物と卵焼きであった。僕と泰助はそれからしばらくは食べることに専念し、口を利かなかった。


 もともと冷めていた卵焼きが、箸で僕の口へと運ばれるまでに更に風で冷やされ、舌の上で氷のように冷気を放った。寒さで無意識に両の膝を擦り合わせている。弁当を持つ手も自分のものでないような感覚があった。


 なにゆえ、こんな酷寒のなかカツサンドが好物の不気味な男と肩を並べて弁当を食べているのか疑問に思った。別に野雲明美のことで相談するだけなら弁当まで食べる必要はなかったかもしれない。話が長引くと思ったのだが、そうでもないし、こんな自虐的な飲食してないで教室に戻りたいところである。


 横の泰助を見てみると、彼も有無を言わずにカツサンドを頬張るわりには鼻水がとめどない。薄っすら生えたひげが堤防のごとく汚水をせき止めているが、それでも幾分かカツサンドと共に鼻水を摂取しているに違いない。 


「お、誰か来たぞ」


 泰助の横顔を見ていると、その口が突然そう告げた。


 つられて鉄扉の方へ視線を向けると、確かに錆び付いたドアノブが乾いた音を立てて回っている。ぎいぎいと悲鳴をあげながら扉が開くと、クラスの男子である竹内がにやけ顔で屋上へ踏み込んできた。竹内は後ろを向いて手を上げて「はやくはやく」と先程の僕と似た行動をし、誰かを招いた。


 そして、竹内に連れられ次に屋上に踏み入った生徒を見て、僕は口の中の原型を留めたままの白飯をごくんと呑んだ。


 竹内は閉まろうとする扉を背で抑えて紳士的に言った。「ここが屋上だよ」


「へえ、テニスができるんだ」野雲明美が屋上の床を見て言う。


「うーん、できないことはないんだけどね。ネットとかポールとかグラウンドの倉庫に入れられてるから、よっぽどの理由がないとやる奴はいないよ」


 竹内は言いながら、ふとこちらに気付いた。「お、先客だ」


 野雲明美もつられてこちらを振り向いたので、僕は慌てて弁当箱で顔を隠すように、飯へがっついた。箸で口へ煮物やら卵焼きやらしょうが焼きのタレやらを掻きこむ。横で「どうも」と泰助がへらへら笑う声が聞こえる。別に顔を隠すだけで良いのだから、口へ飯を掻きこむ必要性はなかっただろう。しかし、気が動転してしまっていたせいか、ふぐのごとく頬に飯を蓄えた状態で咳き込んでしまった。ゴホゴホッと背を震わすたびに、唇の隙間から米粒が吹き出す。


「おいおい、どうしたよ」と言いながら竹内が駆け寄ってきた。野雲明美の足音もこちらにやってくる。僕はうつむいたまま、もごもごとくぐもった声で「大丈夫、大丈夫だから」と二人を制止した。しかし構わずやってきた竹内から背中を擦られる。視界の上端に竹内の上靴、あとから野雲の他校の上靴が入ってくる。


「お騒がせしてスマンね。……お、見ない顔と思ったら転入生の野雲さん」


 泰助が何気ない対応をしながら、僕の太ももをツンツンと突いてきた。どうやら顔を上げろというサインらしい。確かに、これではまるで顔を見られたくないがために頑なにうつむく覗き魔みたいではないか。


 僕は口内に残った諸々の食べ物を無理やり呑み込むと、顔を上げた。すると、目の前に青いハンカチが現れた。ハンカチを差し出す腕を辿ると、その先には野雲明美の顔があった。


「使って」


「ど、どうも」


 逸らしてしまいそうな視線を踏ん張って留めると、ハンカチを受け取った。けれども、差し出されたからと言って女子のハンカチで口をぬぐっていいものか。アニメや漫画では渡されたハンカチに構わず鼻水を噴かすキャラクターがいるものだけど、その時のハンカチを貸し出したキャラクターの引きつった顔は忘れがたい。しかし、受け取った手前、返却するわけにもいかない。というか、そもそもポケットに自分のハンカチもあるのだけれども。


 あまりハンカチを持ったまま固まっているのも何なので、軽く口を拭いてから「ありがとう。洗って返すよ」と礼を言った。しかし、次の瞬間に僕の手からハンカチが抜き取られると、「大丈夫だよ、そんな面倒なことしなくて」と野雲明美は奪ったハンカチをポケットに忍ばせながら言った。


「それよりさ、友達になってよ」


 野雲明美は僕と泰助を交互に見ながらウインクをした。その仕草に見とれてしまう。それと同時に、この態度からして昨晩のことは野雲明美の脳内には記憶されていないことを悟り、僕は安堵した。


「もちろん」


 泰助が代表して応答し、僕は同意するように頷いた。


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