第十五話 メール友達
ちょっと前置きを長くしすぎたかな、と思った。
ここからが本編のようなものかと。
名を野雲明美といい、本日ホームルームにて先生の紹介とともに肩甲骨にまで及ぶ艶やかな黒髪を跳ねさせながら教室に入ってきた。身長は百六十ぐらいで横顔のラインが綺麗と、泰助の発言に出てきた美少女像と酷似しているため僕は愕然とした。泰助の変態的洞察力ではなく、突然の事態に対してである。
同学年であるならば転校してくることは当たり前なのではあるが、それでもリンゴを一つはめ込めそうなほど口を広げて驚いてしまった。本来であれば周りから訝しげに見られそうなリアクションをとってしまったわけではあるが、今回ばかりは支障をきたさなかった。彼女があまりにも美少女であったので、クラスの男共が致死量の幸せから僕と同じような驚きを見せていたためにカモフラージュできたのである。
しかし、これではいつ僕が犯人と露呈するか分かったものではない。野雲明美と顔を見合わせると「あ、昨日の覗き魔」と言われるのではないかと要らぬ心配をしたせいか、今日一日中僕は二枚貝のように固く机に突っ伏していた。
「このままだと、確実に僕らは捕まるぞ!」
少しは危機感を持つかと緊迫した物言いになったが、泰助はどこ吹く風であった。
「まあ、落ち着けよ。確かに窓を閉め忘れたのは確かだ。でも犯行を目撃した人物はいないんだ、心配しなくても捕まりはしない。向こうは『あれ? 窓が開けっ放しになってる』ぐらいにしか思ってないさ」
我慢ならなくなったのか、泰助は諭すように言ってからカツサンドを一つ引き抜いた。僕に遠慮なく一口かじる。
そういえば、僕と泰助では事態の深刻さが違うのであった。彼はただ門前に立っていただけである。僕があの雷光の中、美少女と非現実的な邂逅を果たしていることを知らぬのである。
それでも、泰助ののん気な態度と接していると、いくらか肩の力が抜けるようであった。呆れつつも、僕は彼にそんな拠り所を求めていたのかもしれない。
「それに、あの笑顔は覗き魔の被害にあった翌朝に繕えるようなものではないぞ。あれは本当に何も知らぬ顔だったさ」
そう言われてみればそうである。僕はどこか腑に落ち、無言のまま頷いた。泰助が二つ目のカツサンドに手を伸ばしたところで、僕も弁当の包みに手を掛ける。
「それにしても、本当に可愛かったなあ」
泰助が舌の上でカツを転ばしながら、青空を見上げて言う。
「初めて見たような物言いだな。そういえばオマエ、何で事前から野雲明美が美少女だと知ってたんだ?」
僕が何気なく訊いてみると、泰助は手に持ったサンドのかけらを口に放り込んでから、手元で操り人形の糸を器用に動かすような仕草をしてみせた。どうやらキーボードを叩く真似らしい。
「本土の友達から久しぶりにメールが入ってさ。そいつがちょうど野雲明美と前の学校で一緒だったらしくて、『今日ぐらいに美少女が引っ越してくるぞ』との報告があった」
本土に友達がいるとは初耳であった。団長の人脈の豊かさを見せつけてやったぜ、とでも言いたげに泰助は自慢気な表情をしている。
「彼女と仲良くなりすぎると、厄難が訪れるらしいぜ」
泰助は唐突にそんなことを口にした。メール友達からの情報なのか、泰助は自分で自分の台詞を笑っているようであった。
「そんな馬鹿なことあるか」
大方、メール友達が野雲明美と泰助を引き合わせないようにするために張った嘘であろう。確かに、泰助だけはああいう美少女と懇ろになってほしくない。メール友達にも同情する。
激しく同意する。