第十二話 武勇伝
さあ、ここからやっと話が展開されてゆきます。
一発の雷が引き金となったように、雨が降り始めた。僕は二階から落下し、背中を強打したらしい。身体中に走る激痛に悶えていると、泰助が駆け寄ってきて肩を貸してきた。僕はそれにすがりつき、さっさとその場をあとにした。
そうして、今は泰助の部屋へと逃げ込んだところであった。
「本当に実行するとは思わなかったよ、君は度胸がある。しかし、度胸がありながらドジだ。それは恐ろしい」
泰助はガラクタを手で退けると僕をそこに寝かせた。背中はまだ筋肉が痙攣しているようでジンジンしたが、庭の柔らかい土の上に落ちたのが不幸中の幸いだったようで、身体にこれといった異常は見当たらなかった。
「なにをいまさら」
手を離したのは僕だから、あまり泰助に責任を要求することはできない。けれども、背中の痛みが僕の失態であるような気がして、それを誰かのせいにしたい気持ちではあった。
逃げ帰る最中にかぶった雨が頭と肩を冷やしていく。
「まあ、今回の君の行いは浦井島の男どもの間で武勇伝になるだろう」
「それは良かった」
「背中の痛みを誇りに思え」
泰助は立ち上がって僕の顔を覗きこみながら、悪魔のような笑顔でそう言った。のそのそと奥のパソコンへと向かっていく。その足音すら、床を伝って僕の背中を刺激した。これは一晩では直らないな。
やがて、泰助はキーボードに何かを打ち込み始めた。へたに動くと背中がズキンと痛むので、背筋を針金のように伸ばしたまま黒目を限界まで上に寄せて泰助のほうを見た。画面は彼の背中で隠れている。机上はパソコン本体、ディスプレイ、マウス、スピーカーで埋め尽くされて、これ以上何かを置くスペースがない。キーボードは横に増設した台の上に置いている。泰助は腕をフラダンスでもするように構えて、作業している状態だ。
「で? どうだった?」
キーボードから手を離さないまま、泰助が訊ねてきた。
「なにが?」
「なにがって、寝顔だよ」
泰助は当然だというような素振りで、こちらを振り返る。それと同時に、棚に上げていた記憶が、なだれを起こして僕に転がってきた。
雷が当たりを照らし出した一瞬、室内は僕の目に明瞭と映った。そのとき、奥に佇んでいたベッドの上には、確かにあおじろく照らされた戸惑いの表情があった。顔の細部までは覚えていないが、よく撫で付けられた艶のある長髪がパジャマの上を川のように流れていて、それが印象に残っている。
視線は確実に僕へと注がれていた。もしかしたら、顔を憶えられてしまったかもしれない。けれど、顔を拝見することを目的と努めた僕でさえ曖昧な記憶しか残らない一瞬のできごとで、寝ぼけていた彼女が僕の顔を記憶しているということは考えにくい。しかも、雷の逆光で向こうからは不鮮明だっただろうし。
とりあえず、警察沙汰になる可能性はできてしまった。落ちる際に窓を閉め忘れているから、何者かが侵入しようとしたことは明確だろう。