第一話 浦井島
しばらく惰眠をむさぼったので、再起するという。
みんな、この作者が「めんどくせ」とか「やってられるか」とか言い出さないように見張ること!
ただでさえ夜であるというのに月の光すらカーテンできっぱり遮り、天井の電燈から垂れた即席ラーメンの麺のような糸も、引っ張ってやれば部屋に淡い光が満ちるだろうに、泰助は点ける気配がない。
部屋は横幅が狭いかわりに奥行きがあって、泰助は最奥に置かれたパソコンと向かい合っている。僕に背を向けた姿勢でキーボードに何かを打ちこみ、ときどき唸ったり首を傾げている。
部屋の床はずいぶんと汚い。ビニールやトイレットペーパーの切片が散り散りに撒かれ、レンズの外された虫眼鏡や、亀裂からバネが跳びだした置時計。カップラーメンの容器で作製された等身大のロボットめいた工作物(なぜか『ミロス君』とアゴに書かれている)、半分ほど空気の抜けたビーチボールなどが無造作に転がっている。ほかにも血管のように床を這うコードや、トカゲのような顔が描かれた意味不明な木製の御面もあるが、すべてを挙げていては日が暮れてしまう。
それらの用途不明物は、すべてパソコンからの微弱の光に表面を照らされて存在を保っている。パソコンを消してしまえば、全てが闇に没してしまうだろう。
「おい」
僕はいい加減に立っていられなくなり、重心を右足から左足に変えながら泰助の背中に声をかけた。泰助はキーボードを打つのをやめると、「そこら辺に座っといてよ」と僕にやっと一瞥をくれた。
「どこに座れっていうんだ」
一応確認のために見回してみたが、やはり座るスペースなど皆無である。ドアの入り口から泰助がいつも過ごしているパソコンに前まではガラクタが除けられていて、あたかもモーセが海を割ってつくった道のようになっているが、所詮パソコンまでの通路でしかないので座るほどのスペースはない。ミロス君にボディプレスでもかまして寛ぎたいところではあるが、泰助が憤りそうなので実行はできない。
先ほどの続きをしようと、またキーボードに向き直った泰助だったが、「んー」と少し考える素振りをみせて、キーボードに触れることなく今一度僕の方に振り返った。
「そうだな。あまり待たせておくのも悪い。さっそく話をしようか」
泰助は手をこすり合わせると、身体ごとこちらに向けてニコリと笑った。パソコンの逆光のせいで、正面からみた泰助は少し表情が掴みづらい。
「それで、今回の用件は何なんだ?」
僕はため息を吐きそうになるのを堪えて、そう言った。
「やだな、用件だなんて。事件でしょ、事件」彼独特の水分のないような掠れた声
が部屋に響く。僕が「どこがだ」と過去の行いを振り返って軽く睨んでやると、泰助はおどけるようにして舌を出した。