ツンデレ脱却論
「ツンデレはもう古い」
俺の友人、秋沢木乃葉は萌えの体現者である。つまりは自ら萌えキャラになるわけだ。
コスプレとは違うらしい。あれは特定の場所でしかしない、いわば狭い領域だと。ワタシは違うのだと力強く発言していた。
生憎、俺にオタク要素は少ないのだが、コスプレが秋葉原やイベントでしかしないのだとしたら、木乃葉は年中コスプレをしているようなものだ。
いや、コスプレがアニメキャラになりきることを表すなら、違うのか? アニメキャラじゃなく、直接萌えになりきることも含めていいのかね。
そんな定義はともかくとして、木乃葉は萌えをずっと演じているのだが、今日はどうしてかノーマルだ。
昨日まではツンデレキャラだとかで、髪型は金髪ツインテール。制服には白のニーソックスを追加し、話しかけると返答には『バッカじゃないの』とかがもれなく付いてくるような奴だった。
だが、今日は黒髪に戻り、ツインテールを解いたロングヘアーだ。俺としては好みの髪型だ。私服もミニスカ、ニーソックスじゃなく、Tシャツにジーンズになっている。
しかし、なんだろうね。唐突に喫茶店に呼び出されと思いきや、これまた唐突にツンデレはもう古いとか。過去との決別は海にでも向かって叫べばいいモノを。
「そうか」
と、素っ気なく返すしかあるまい。
たまたま席が隣同士で日直のペアになっただけで、こうも度々馬鹿話に付き合わされてはたまらん。このサイダー代くらいは奢ってもらえるんだろうな。
「ツンデレ喫茶みたいなのがテレビに取り上げられて、一般にも広まってるし、果ては広辞苑にまで……載ったっけ? まあ、とにかく載ってそうな勢いなのは確かだわ。こうも一般に浸透したらもう古くなったも同然なわけ」
「へえ」
「アニメでも当たり前のようにツンデレめいたキャラが一人はいるし。はっきり言って飽き飽きしてきたわ」
「ふぅん」
「だから、もうツンデレはやめる。そろそろ新しいデレが必要な時期が来ているわけよ!」
ドン! と力強くテーブルを叩く木乃葉。
もう、店主もウェイトレスもおなじみの光景とばかりにこちらに目も向けてくれないな。俺も木乃葉と同類に思われてんのかね。
俺は突拍子もないことを言い出す木乃葉の聞き役を仰せつかってる普通人だぜ。
「で、どんなデレにするつもりなんだ?」
適当な相づちだと木乃葉の神経を逆なでしかねない。ほどほどに話を促すことも必要だ。
「それを今から考えるの」
「誰が?」
「アンタとワタシ」
「俺は萌えはよくわからんのだが」
「いいの。一般側からの視点も重要だから。それに少しは学んだでしょ。鳥頭じゃあるまいし」
「まあな」
無理矢理アニメ雑誌を渡されて、感想文まで書かされりゃ嫌でも記憶に残ってしまう。
「じゃ、何か言ってみてよ」
無茶ぶりかよ。いきなりツンデレに替わる新たなデレを生み出せと言われてすぐ思いつくわけないだろ。
何やら「ゴー、ヨン、サン、」とカウント始めてるし。五秒でデレを思いつくわけ無いだろ。そもそもデレってなんだよ。……ええい、
「……さっさと家を出れー……なんつて」
ああクソ寒い。苦し紛れにもほどがあったな。木乃葉も呆れ顔で湿った目つきになってるし。
「シャレにしても寒すぎるわね」
「すまん」
「じゃ、もう一度。今度は真面目に言ってよね」
と、再度カウントダウンが始まる。
スマンが俺の脳内辞書にはデレが付く言葉は『デンデレデーン』という意味分からんものしかない。……ん、も一つあった。アニメ雑誌で見た言葉が。
「ヤンデレってのはどうだ」
「ブー」
木乃葉は口を尖らせ不正解音を発した。
「誰が既存のデレを言えって言ったわけ?」
「いきなり考えつくわけがないだろ」
俺はお手上げポーズをして降参をアピールすると、木乃葉はため息を吐いて背もたれに身体を預け、
「仕方ないか。じゃ、ゆっくり考えてみてよね。待ってあげるから」
そう言って、チョコパフェを手にとって食べ始める木乃葉。……考えるのは俺だけか。アホらしい。
俺はもっともらしく腕を組み目を瞑って考えるフリをした挙げ句、
「トンデレってのはどうだ?」
今適当に思いついた言葉に、木乃葉はスプーンを口にくわえながらこちらを見て、
「何ソレ?」
「それはだな……えっと、豚……つまりは豚をデレデレ可愛がるという――」
「却下」
俺の即席な素晴らしいアイデアを一蹴し、山盛りパフェを減らす作業に戻る。
こうして見てる分には端正な顔立ちだし、モテそうなのにな。いや、事実そうなのだが。一般から見たら奇っ怪な萌えキャラ扮装も、オタクから見たら三次元の理想らしく告白する奴も結構いたようだが、全員玉砕。
いったい何のために萌えを演じているんだか。自己満足なのかね。こいつの思考は読めないし、読みたくもない。
しかし、まあ、こうして黙ってパフェを食べている姿は絵になると思う。昨日までのツンデレキャラ姿だと浮いてただろうが、今のノーマルだと違和感はない。
既に木乃葉の事が知れてしまっているこの喫茶店じゃなかったら、カップルに見られるんじゃなかろうか。
……いかん。幾ら黒髪ロングで俺好みの姿だからって、木乃葉を見てときめいてどうする。口を開けば、突拍子もない言葉しか出てこないようなやつなのに……。
ん。そうか。黙ってれば可愛く見えるんだよな。黙る……沈黙……イケるかもしれない。
「モクデレってのはどうだ?」
次の日。
「おはよ」
俺はいつも通り隣席のやつに挨拶をする。
「…………」
木乃葉は上目遣いで一瞥し、無言で小さく頷いた。
昨日とあまり変わらない下ろした黒髪に、表情の乏しい端正な顔。あと、足には黒のストッキングを履いている。
どうやらこれが木乃葉の『モクデレ』スタイルらしい。
しばらくこのままでいてくれれば俺の気苦労も少なくなりそうだ。
……ま、いつまで持つかは分からないけどな。