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第2話 記録された未来

夢の続きを、私はまだ見ている気がした。

目は覚めているはずなのに、視界の奥に残像のように星が揺れている。


消えていく光と、

二つだけ残る、あの星。


——ホタルと、アカリ。


私は小さく息を吐いた。


「……気のせい」


自分に言い聞かせるように呟く。

でも胸の奥のざわつきは消えない。


三百二十二回目。


あの夢は、これまでと決定的に違っていた。

“結末”を見てしまったからだ。

隣では、アカリがまだ眠そうに目をこすっている。


「ぼーっとしてるね、ホタル」

「……してない」

「してるよ。宇宙終わらせた顔してる」


軽い調子で、アカリは笑った。

その笑い方に、一瞬だけ息が詰まる。

夢の中と、同じだった。


少し困ったような、でも優しい笑い方。

居た堪れず、私は視線を逸らす。


「準備しないと。今日はリングに上がるんでしょ」

「うん。人類史上最大の遠足」

「遠足じゃない」

「似たようなものでしょ。お弁当はないけど」


アカリはベッドから降りて、大きく伸びをした。

窓の外は、すでに明るくなり始めている。


その空に、


——“それ”はあった。


巨大な輪。

地球の軌道上に浮かぶ、圧倒的な構造体。


アーカイブリング。


宇宙のすべてを記録するために作られた、

人類最大の観測装置。


「ねえホタル?」

「なに?」


アカリは窓に手をついたまま言った。


「もし宇宙が終わるならさ」


心臓がわずかに跳ねる。


「その前に、全部残しておきたいよね」


私は少しだけ間を置いてから答えた。


「……それが、あれの目的でしょ」

「うん。だから好きなんだよね、この仕事」


アカリが私を見て笑う。


——この時間が、ずっと続けばいいのに。


その時、スピーカーが起動音を鳴らした。


『研究員ホタル、アカリ。

リング転送準備が完了しました』


アカリが振り返る。


「行こう」


私は頷いた。

だが、胸の奥のざわつきは、消えないまま。

理由はまだ分からない。

ただ一つだけ、確かなことがある。


——今日、何かが起きる。


そしてその“終わり”を、私は知っている。



転送の光は、思っていたより静かだった。

視界が白く満たされて、

次の瞬間には景色が変わっている。


足元に広がるのは、金属の床。

頭上には、どこまでも続くようなアーチ構造。


そして。


窓の向こうに、宇宙。


「……うわ」


思わず声が漏れる。

地球が、そこにあった。

青くて、丸くて、静かに回っている。


「何回見てもすごいよね」


隣でアカリが言う。


「これ全部、“記録するため”なんだもんね」


私は頷く。


アーカイブリング。


その内部には、無数の観測装置と

記録ユニットが並んでいた。


光。

重力。

時間。


あらゆる情報を収集し、保存する。

理論上、宇宙の終わりまで記録し続ける装置。


「ホタル」

「なに?」

「ちょっと来て」


アカリに手招きされ、私は操作室へと入る。

壁一面に並ぶディスプレイに、

無数のデータが流れている。


「これ見て」


アカリが一つの画面を指差した。

そこには、ログ一覧が表示されている。


観測記録と、

時間軸ごとに整理された、膨大なデータ。


「テストログ?」

「うん。でもちょっと変なんだよね」

「変?」


私は画面に近づく。

ログの中に、一つだけ異質なものがあった。


タイムスタンプが——


未来の時間を示している。


「……これ」

「でしょ?」


アカリが言う。


「まだ起きてない時間の記録がある」


私は無意識に喉を鳴らした。

あり得ない。

記録は過去か現在のものしか存在しないはずだ。


「バグかな」

「かもね。でもさ」


アカリは少しだけ真面目な顔になる。


「中身、見てみたくない?」


私は一瞬ためらう。

でも、

なぜか嫌な予感がした。

それでも、目を逸らせなかった。


「……開くよ」


指が、コンソールに触れる。


ログを選択する。

ノイズが走り、映像が立ち上がった。


暗い宇宙から、

星が、一つずつ消えていく。


音はない。

ただ光だけが、静かに失われていく。


 ——夢と同じだ。


心臓が強く打つ。

視界の奥が揺れる。


これは、知っている光景だ。

何度も見た。


三百二十一回、繰り返した夢。


「……ホタル?」


アカリの声が遠く聞こえる。

映像はさらに続く。


宇宙の中心にある、二つの光。

寄り添うように並ぶ星。


そして

一つが、ゆっくりと揺れた。

これは、消える直前の光だ。

嫌でも理解してしまう。


あれは——アカリだ。


呼吸が止まりそうになったその瞬間、

映像の中で、声がした。


『ホタル』


私は凍りつく。

聞き間違いじゃない。

今、確かに——


「……なにこれ」


アカリが小さく呟く。

私は何も答えられない。

映像の中の“アカリ”が、こちらを見ている気がした。


そして、言う。


『たぶん、これが最後』


夢と、同じ言葉で。

同じ声で。

同じ表情で。


そして、映像が途切れた。


ノイズ。

暗転。


操作室に、静寂が戻る。


しばらく、誰も何も言わなかった。

私はゆっくりと息を吸う。

手が震えていた。


「ねえ、ホタル」


アカリが沈黙を破った。


「これさ」


私は顔を上げる。

アカリは、まっすぐこちらを見ていた。

いつもの軽さは、もうない。


「夢と、同じなんでしょ」


その問に、私は答えられない。

でも、否定もできなかった。


数秒の沈黙。


それを見かねたのか、アカリはぽつりと言った。


「それってさ」


少しだけ間を置いて、

ゆっくりと。




「——夢じゃなくて、“記録”なんじゃない?」




その言葉が、深く突き刺さる。


記録。


この場所で、何度も聞いてきた言葉。

でも今、その意味が変わる。

背筋が冷たくなった。


私は、もう一度画面を見る。


ログの詳細情報には、追加の項目が表示されていた。


識別データ。

対象個体。


そして——


終端記録。


私は、震える指でそれを開く。


表示された文字を見て、

私は完全に思考を失った。



 AKARI:DEATH



まだ、何も起きていないはずなのに。

そのログには、


すでに“妹の死”が記録されていた。

第3話へ


※次話で“未来ログ”が明らかになります。

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