たんぽぽの綿帽子
ふわふわと飛んでいく綿帽子を追いかけて、子どもは大人になっていく。
自由な綿帽子とそれを追う男の子の小さなお話。
1.
ふわふわと風にのって飛んでいく綿帽子を、ひとりの男の子が追いかけていきます。
ゆっくりと陽が落ちて空がオレンジ色に染まっていく、町はずれでの出来事です。
綿帽子がどこまで行くのか、男の子にはわかりませんでした。綿帽子を追いかけてどこまで行くのか、男の子にはわかりませんでした。一日中歩いていた男の子の足はすっかりくたびれていましたが、綿帽子を追うことをやめようとはしないのです。
男の子の目の前を、綿帽子はふわふわと飛んでいきました。男の子は何度も手を伸ばします。小さな綿帽子は逃げることもなく、なのにつかまってはくれません。綿帽子をつかもうと握った手のひらを開いてみると、そこには何もないのです。素知らぬふりでふわふわと、あてもなく旅をしているようでした。
男の子は町を出て線路を越えました。山を越え海を渡って、知らない町まで行きました。途中で後ろを振り返ると、懐かしい景色が見えます。綿帽子を追いかけて、なんて遠くまで来たんでしょう。寂しくなって足を止めても、綿帽子は止まってくれません。だから男の子は涙を拭って、また歩き始めるのでした。
2.
綿帽子を追いかけているうちに、男の子は大人になりました。大人になった男の子に、綿帽子がいいました。
「そろそろお家に帰ったらどうだい?」
男の子は答えていいました。
「やだよ」
大人になった男の子には、たくさんの友だちがいました。友だちには綿帽子をつかまえた人も、綿帽子を探している人もいます。友だちはみんな男の子を応援していましたし、男の子も友だちを応援していました。
なかには意地悪な人もいて、男の子を傷つけました。綿帽子を見失いそうになるたびに、男の子は不安になりました。喜んだり悲しんだり、怒ったり笑ったりしながら、男の子は一歩一歩進むのでした。
「僕をつかまえてどうするのさ?」
「土に埋めて水をやるのさ」
「そんなことをして何が楽しいんだい」
「忘れたのかい?君を飛ばしたのは僕だよ」
綿帽子は種でした。男の子が見つけた、男の子だけの種です。大人になった男の子には、そのことがわかっていました。だから諦めることなく、追いかけ続けているのです。
男の子が綿帽子を見つけたのは、ずいぶん昔のことのようでも、つい昨日のことのようでもありました。綿帽子を追いかけている限り、男の子はずっと子どものままでした。たくさんのことを聞き、たくさんのものを見て、たくさんのことを知っていくのです。
「あのね、綿帽子」
男の子はもう一度、綿帽子に手を伸ばしました。
「僕は君を咲かせたい。君は僕だけの種なんだから」
握りしめた手のひらを開いてみると、やっぱりそこにはなにも残ってはいませんでした。綿帽子は少し笑って、またふわふわと風にのって運ばれていきます。男の子はちょっとがっかりして、それから顔をあげて笑いました。綿帽子が飛んで行くのですから、男の子もまた歩き始めるのです。
3.
綿帽子がどこまで行くのか、男の子にはわかりませんでした。綿帽子を追いかけてどこまで行くのか、男の子にはわかりませんでした。けれど、いつか男の子のてのひらが綿帽子を包みこんだとき、そこにひとつの芽がでるでしょう。追いかけ続けてきた夢が、ひとつの花を咲かせるでしょう。
綿帽子が言いました。
「ぼくを諦めちゃ駄目だよ。君が追いつくのを待っているから」
春の終わりの野原で、子どもたちが遊んでいます。飛べよと息を吹きかけられて、種は夢へと転じます。そうしてたんぽぽの綿帽子はふわふわと、次の春へと旅を始めるのでした。
地平線の向こうでは、たくさんの綿帽子が待っている。




