幕間.いつもの放課後の屋上で
秋も末。
黄昏時の薄い鉛色の空には夕暮れの飴色が差し、放課後の学生達を眩しく照らしている。
校庭からはユニフォームの集団の規則的な掛け声が響き、校舎からは多種多様な音色の楽器音が、不規則な旋律を奏でる。
体育館からは室内特有の床の擦り切れ音とボールの跳ね返る弾性のある音が響き、門の外の銀杏並木にいくつものグループが人目を憚らない若い笑い声をあげながら家路につく。
そんな彼らの様子を、私は校舎の屋上で、頬杖をつきながら眺めている。
距離というフィルターを隔てて、誰にも気付かれることなく俯瞰する。
ふと、校門近くにたむろする二、三人女子のグループが見える。
一人の子が笑うと、釣られて他の二人も笑い合う。
笑って、相槌を打って、話の流れに適当に合わせる。
彼女らの喧噪は、それを維持するだけの苦労や気遣い、ルールがあるのかもしれない。
しかし、私は「外」にいるからこそ、彼らの眩しさを眩しさのまま眺めていられる。
それは無駄だらけの行為だが、誰にも気付かれず、誰にも触れられない。私だけの孤独な特権。
それでも私は、この時間が好きだった。
そんな私の心を表したかのような、ほのかに次の季節への移り変わりを告げる、何処か寂しげな秋風が流れ、いつの間にか飴色に染まった世界は静かに次のページを―――
「あんちゃああああぁぁぁぁん!!!!!」
屋上へ続く金属戸を叩き開ける轟音と、主の直線的な性格を表すような単純な語句の羅列の大声が、私の憩いのひと時を完全に破壊した。
「だから、あんちゃんゆーなって……おい」
いつものことなので今少しの無視を決め込もうとしたが、声に混じる小さなしゃくり声と鼻を啜る音にそれを打ち切る。
友人の顔は段々と深まる夕暮れ時と同じ色に染まり、目端には丸い涙の粒を溜めている。
「どうした、それ、誰にやられた?」
「ぐすっ……こいつがぁ……!」
「誰だ、またクラスの奴らならアタシがブッ殺―――」
「この女が私のジュリ様を殺しやがったんだよぉ!!!!」
そう言って涙を流す友人から差し出されたのは、携帯ゲーム機だった。
「とりまこの画面にパンチすればおっけ?」
「やめて!そんなことしたらこの子壊れちゃう!!」
壊れちゃう、じゃねえよ。心配して損したわ。
画面の中にはやたら顔のいい金髪の男が血塗れで倒れ、その横で高笑いする赤毛の高慢ちきな女キャラのイラストが映っている。
……なんでも、スチル回収?の最中で推しの王子様が殺されたらしい。
そっかー、それで泣いてたのか。なるほど。なるほど。
「可哀想なものを見る目で見ないで!傷つくから!」
「ってもさぁ……花の女子高生が放課後にゲームのキャラ相手にマジ泣きってさァ……おばちゃんどうかと思うよ」
「あー言った!自分だって暇過ぎて黄昏れモードで浸ってた癖にー!残念それただのぼっちですからー!」
「あ、お前それはライン超えだぞ!」
ぎゃいのぎゃいのと、ハルとのいつものやり取り。
ただ屋上で出会っただけの縁も、一年以上続けばそれはもうルーティンだ。
やることと言えば彼女の好きなイケメン(と言っても大半がゲームやアニメだが)の話を聞くだけ。
ゲームなんて持ってもいないし、正直全然分からないが、どうせ暇だし。
それに、好きなものを自信たっぷりに話す彼女の姿は見ていて飽きないのだ。
「んで、こいつがヤバい奴なの?」
「そいつがヤバい奴なの!悪役令嬢のアナスタシア・ダレンス!」
いつの間にか再び差し出されたゲーム画面に映るのは先ほどの女キャラだ。
深い琥珀色の瞳と、ウェーブがかったロングをベースに、片側に束ねた複雑な編み込みの深紅の髪が印象的だ。
身に着ける高級そうなドレスまで真っ赤で、炎を連想させる。
悪役令嬢、というのが何なのかは分からないが、悪役と付いているからには悪役なのだろう。
「一言で言えばクソ女なの!」
「クソ女」
「自分ちの権力を笠に着て弱い者いじめ、誰かを踏みにじるのが好きな性格破綻者。それだけじゃなくて血の繋がってない可愛い弟をまるで召使いみたいに扱うし、そんな奴が伯爵家の娘ってだけで私のジュリ様と許嫁なの!」
こいつが言うジュリ様、金髪のイケメンは確か王子様だった筈だ。つまりこの女は未来の王妃ということか。なんか王子殺してたけど。
つまり悪役令嬢というのはクソ女の殺人鬼のことを指すらしい。
……乙女ゲームって、イケメンと付き合うだけじゃないのか?知らんけど。
「学園の女王様ってな態度で、平民が自分より目立ってるからって理由でどのルートでも主人公に嫌がらせしてくるの!しかも一々やることが陰湿でさぁ……」
「それ嫌いなタイプ」
「でしょ!?そんなんだから主人公に惚れたジュリ様に婚約破棄されるんだけどね」
「まあ……性格合わない奴と結婚までは厳しいよな。って、ん?」
いや、それは……横取りしようとした主人公も悪いんじゃないか……?
いくら性格がクソでも婚約者を奪われたら私でも相手を殴るくらいはすると思う。
「しかも嫉妬深いから、ジュリ様と弟のアルバスのルートだと命まで狙ってくるのよ……私のモノに手を出したってな感じで」
あ、さっきジュリ様が死んでたのはそれか。
前言撤回。流石にアグレッシブが過ぎるなそれは……。
「それで殺されたんだ、ジュリ様。なんとかならないの?」
「イベント回収のためにわざと選択肢間違えただけだから、本当なら主人公が魔法で倒せるんだよ。でも……いざ見てみると感動のイベントで……!」
イベント回収やら何やらは分からないが、解決するようなら良かった良かった。
「……これ、私が話を聞く必要あったか?」
そう私が零すと、一人で感想会を開いていたハルがこちらを見てにんまりと怪しく笑う。
「やだなぁあんちゃん、これからプレイする君への有難い攻略情報じゃないか」
「え」
言い終わるより早く、ハルがゲーム機からディスクを取り出すと、もう一つのゲーム機と共にぐいっと押し付けてきた。冷たいプラスチックの感触が両手に収まる。
……いや、待って。私、ゲームとかやらない、という言葉は口まで出かけたが、目の前の笑顔を見て飲み込んだ。
泣いた直後のくせに元気なやつ。こういう顔をされると弱い。
面倒だが、断った方が面倒になる予感がするし。
「……いーけど、あんま気の利いた感想とか期待しないでよ」
それが私の最初で最後のゲーム体験となるのだった。
3話から間が空いてしまいすみません!現在4話執筆中なので少々お待ちください……
次回はようやく悪役令嬢を出せそうです!
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