第八話 「忠誠」
「ヴィヘミリラ…なるほどな」
雨の降る裏路地に吐かれた冷たい声は、誰に聞かれるでもなく消える。
王都の通りは明るいが、路地裏までは照らせない。
水たまりに躊躇なく踏み込む男の、その顔に張り付くのは狂ったような怒り。
水面に映る王都は、この国の未来を憂うように揺れていた。
「伯爵に報告を、3日以内にな」
呟く男の背後で何かが動き、消えた。
ーーー
あの方は来年、学園へ行く。
寮での暮らしはこれまでと違い、常に誰かが守れる環境ではない。
シスカが付いてくるだろうが、王家の人間以外は従者を学園内には入れられない。
これまで以上に自分が目を光らせる必要がある。
カヴール祭以降も、何度かあった暗殺未遂。表に出る前に片付けていたが、ここ最近はそんなことも減った。
それでも油断は出来ない、敵の正体は未だ分からないままだ。
「遅くなりすみません、お久しぶりです」
目を閉じ、考え事をしていた私に、ふと声がかかり現実へと引き戻される。
目の前には痩せこけた男がいた。
「ええ、お久しぶりです、支部長殿」
そう返すと、目の前の男はほんの少し眉を顰め、私の対面に腰掛ける。
この男こそ、アザドラニア王国における冒険者ギルドの最高指揮権を持つ者。ラグラニア高等支部長。
世界最大組織のアザドラニアにおける最高権威が私如きに時間を作るのは中々難しいだろうに、全く憎めない男だ。
「して、此度は如何なる要件で?」
「ずいぶん難しい言葉遣いをするのだな、エヴァン」
そう返すと男は途端に笑い出す。思わず釣られて頬が緩む。
「高等支部のボスになるとな、部下が常に見張っているんだよ」
「だろうな、先ほどから少なくとも3人、気配を消し切れていない」
私の言葉を聞き、ますます楽しげな表情を浮かべる。
「はあ、ここ数ヶ月で一番笑ったぞ…さて、我が友よ、要件を聞こうではないか」
穏やかだが真面目な顔を取り戻した男に、一つ息を吐き話を始める。
「人が欲しい、隠密行動に長けた者だ、戦闘能力もある程度必要だ、それと…私の冒険者としての資格を再発行できるか?」
私の言葉に、エヴァンは考え込む。
眉をよせ、痩せ細った腕を組み、唸り、答える。
「冒険者資格の方はなんとかしよう、お前なら本部も文句は言うまい…しかし前者は難しいな、分かっているだろうが…」
答えづらそうに返す男に、申し訳ない気持ちになる。
当然だ、彼とて一組織の長なのだ。簡単に人を預けることなど出来ようはずもない。
私には用意してきたカードがいくつかある。その内の一つは、私個人の判断で使うことは少々憚られる。しかし、今こそ使うべきなのだろう。
覚悟を決め、エヴァンに目を向ける。
視線がぶつかり合う、何かに気付いたのだろうエヴァンが、手を振り合図をすると、先ほどまで周囲でこちらを伺っていた気配が完全に消える。
「エヴァン、アレスト様のご子息が生きておられる、守り手が足りない」
私の口から漏れたその言葉に、エヴァンは目を見開き、そして目を閉じる。
瞼の端から滴る雫は、彼の今日までの覚悟を示していた。
「亡骸の見つからなかった赤子を、お前が探し続けていたのは知っていた、話せなかったのは謝る…今更虫のいい話かもしれないが、力を貸して欲しい」
頬を伝った雫が顎にたどり着き、テーブルを湿らす。
肘をつき、顔を覆っていた男は、私に目を向ける。
「そんなことはどうでもいい、生きている、それだけで十分だ。」
そう話し、再び顔を上げた彼の瞳には覚悟が宿っていた。
少し息をのみ、再び話し始める。
「君の冒険者資格は再発行しよう、ペナルティもなんとかしよう…おかえり、ドーツの獣」
今となっては私の古き呼び名を知るものは少ない。
「ああ、ただいま、竜祓い。」
ーーー
「ご苦労、このまま君は学園を調べてくれ、教会の関係で怪しいことがあればすぐに私に報告を」
私の言葉に返事もせず、ただ頷いた青年。
布で両の目を塞ぐ彼は、どのように周囲を認識できているのか不明だが、三人の中で最も目が効くらしい。
エヴァンから借りた三人。それぞれに王都、公爵領、学園を見張らせている。
この体制なら私がアヴィゲイル領で直接見守ることができる。
彼らを使い始めてからいくつか進展があった。まず、王はアヴィゲイル領にあの方が匿われていることに気づいているようだった。その上で知らないふりをしている。
公爵家もまた同様にあの方の正体に気がついているようだった。しかし、公爵家は犯人についても情報を持っている可能性が浮上した。
そのため、借り受けた者のうち戦闘能力が最も高い者に見張らせている。
あの方の入学は第二王子と同じ年になる。面倒なことがなければいいが。
学園といえば、最近アヴィゲイル家のルービクトは静かになった。
ずいぶん勉学に励んでいるようだった。
長女のリリアンは相変わらず実家が恋しいようだ。
次の休みは第二王女を実家に招待できないか両親に手紙を送っていた。
長男のファギエル、彼は極めて優秀だ。
真実を知る者でもあるため特に注意して監視させていたが、学院の卒業に際し、大規模戦闘魔術において全く新しい理論を提唱し、それが魔導魔術の聖地であるラルベニア十二院国で取り上げられている。
卒業した現在は王都にてアヴィゲイル家の代官として父親の仕事を手伝っている。
あの方が王都に来るまで、もう少し。
ここまでありがとうございました。
一章はここでおしまいです、二章以降の構想は終わっていますが、書き溜めがほとんどないので更新頻度は下がると思います。ゆっくりお付き合いいただけると幸いです。




