第六話 「家族」
城壁が見えてきた。
騎士が一定間隔で立ち並び、巨大なバリスタを備えたその城壁は、まるで戦時中のようであった。
アヴィゲイル領は人外領域に面しているので、戦時中というのもあながち間違いではない。
その景色をみると、懐かしさと誇りがこみ上げる。ノートゥアンの街だ。
故郷を遠く離れ、全寮制の王立学園に通い始めてから、休暇で帰るたびにこみ上げてくる思いがある。
「帰って来たね、兄様」
同じ思いを思っていたのだろう、窓の外を眺める兄様にそう話しかけると、ちらとこちらに目をくれた後また窓の外に目をやり、「そうだな」とつぶやく。
ガタガタと揺れていた馬車の乗り心地が少し良くなる。
石畳の街道に入った。以前帰った時より舗装されている部分が増えたようだ。
窓を開き、市場の空気を肌で感じようと体を乗り出す。
メイドが止めようとするのを手で制する。
目を閉じ、耳を澄ませ、肺いっぱいに空気を吸い込む。
今朝取れた魚や肉がスパイスと共に香ってくる、人の声が混ざり合う。
「リリアン様!!」
混ざり合う声の中から自分の名前を呼ばれ、閉ざしていた眼を開く。
城にも商品を卸している馴染みの商会長が手を振っている。
「ただいま!!」
そういって手を振り返すと、周りの人も気づき手を振ってくる。
「姫さま!」「おかえりなさい!」「ファギエル様もいらっしゃるぞ!」
馬車の中で睡魔と闘っていた兄様の手を引き、窓際まで引っ張る。
「ほら!返事してよ兄様!」と言ってやると、兄様は目をこすりながら声を張る。
「次期当主ファギエル、ただいま戻った!」
仰々しい兄様の返事に、笑いながら市場の人達は口々に「おかえりなさい」と答える。
眠そうだった兄様も、市場の空気にあてられたのか、笑顔で私に声をかけてくる。
「帰って来たな!」
寝ぼけてたのだろう、何度もそう伝えたのに。
ーーー
「母様!!」
騎士が扉を開くと、馬車寄せでは母様が待っていた。
降りるために手を差し出してくれた騎士に「大丈夫」と言い、馬車から飛び降りる。
そのまま駆け出し母様の元に一直線。
少し背の高い母様に、跳ねながら抱き着く。
「おかえりなさい、リリアン。」
ずるずると、抱き着きながら地面にずり降りる私を、片手で支えながら頭をなでてくれる。
その手の暖かさに、胸の奥が緩む。
母様を解放すると、屋敷の門から父様が二人の弟を連れて出てきた。
一人は生意気で可愛い弟のルービクト、もう一人は世界で一番可愛いアイギス。
以前にあった時より随分背の伸びた二人の頭をなでながら、「ただいま」と言うと。
生意気な方の弟は少し恥ずかしがりながら手を払いのけ、兄様の方へと駆けて行く。
可愛い方の弟は目を細めながら、「おかえりなさい」と言ってくれる。
弟の専属メイドのシスカ。彼女はあまり変わっていない。
私達と同じように、エルフの血が混じっているからだろうか。
気づかれないように、ちらりとシスカの胸に目をやると、メイド服を貫通して主張してくるモノがある。
自分のソレに目をやると、悲しいかな足元の大地が見えてくる。
母様も大きいのだ、自分もきっとこれからだ。
そう言い聞かせ、アイギスの手を引きながら屋敷へ入る。
母様やみんなもあとからついてくる。
「お昼の用意が、もう間もなく整います」
扉の傍で待っていた家令のディーコンがそう告げる。
アヴィゲイル家の食事は他の貴族家とすこし違う。
長いテーブルに座り、静かに食事をするのではなく、ソファのある部屋でみんなと食べるのだ。
父様と母様はいつも同じ席だが、他のみんなは思い思いの席に座る。
まだ食事の運ばれていないソファに腰を掛け、横にアイギスを座らせる。
まだ幼い頬に手を当て、ぐりぐりと回す、アイギスは笑いながら顔を変形させる。
横のソファでは兄様とルービクトが話している。
「すごい!騎士団長様に会えたの!?」
「いや、見ただけだよ?」
興奮するルービクトに少し困った笑顔を見せながら、兄様が答える。
王都で行われた式典に、父様の代わりに出席したときの事だろうか。
「お友達は増えたかしら?」
父様の肩に頭を預けていた母様が、少し姿勢を直す。
「はい!帝国から留学で来ていたフランシスカ様とお友達になれました!」
すこし自慢げにそう答えると、隣でティーカップを口に運んでいた父様が手を止めた。
「フランシスカ嬢、ハゼイティア公爵家のご令嬢か。話してみてどうだった?」
そう聞かれ、ますます自慢げに答える。
「フランシスカ様が来たばかりのころ、みんな少し距離を置いていたのよ!だから私が一番に話しかけてお友達になったの!でも来年一度帰国されてしまうそうよ!」
少し距離を。そう表現を濁したが、貴族の子女が学園で行っていたのは明確な無視だった。
その類いの行為が嫌いな私は、一番にフランシスカ様に話しかけた。初めての留学で嫌な思いをして欲しくなかったのも大きい、王女殿下とも仲のいい私と一緒にいれば誰も無視なんて出来なかった。
「ハゼイティア家ねえ、帝国唯一の公爵家の一人娘、大物ねえ」
大物。たしかに彼女は静かで、誰とも積極的に関わらなかった。しかし話してみると、他の女子と変わらない。
それどころか、アヴィゲイル家の事を知っており、辺境の事について沢山質問をされた。
分からなかったことは、兄様に聞いて、翌日話していた。
そう父様と母様に伝えると、二人はすこし驚いていた。
「帝国の箱入りお嬢様が辺境に興味を持つのか」
そうつぶやく父様を横目に、母様が兄様に目をやる。
ふと兄様の方を向くと、真面目そうな顔で首を横に振っていた。
なんだろうか。
浮かんだ疑問を言葉にする前に、給仕のメイド達が料理を運び込んできた。
ーーー
休暇四日目。
アヴィゲイル家の子供たち四人は、城塞内の訓練場に集まっていた。
騎士が大勢いるこの場所は、自由に行くことが許されている数少ない場所だ。
「兄様!魔術を見てよ!僕また上手になったんだ!」
そう声を張りながら、返事を待たずに訓練用の的に手を向け、詠唱を始めるルービクト。
「精界に渦巻く原初の力よ、我が呼びかけに応え、敵を焼き尽くす炎を与えん!!」ルービクトの手元に燃える火球は、詠唱の完了とともに的に向かって飛んで行く。
着弾と同時に炎が燃え上がる。九歳とは思えない精度に、流石アヴィゲイル家の血を引いているなと思いながら、前に出る。
歳の差を見せてやる。
「精界に、渦巻く原初の力よ、我が呼びかけに応え、敵を焼き尽くす炎を与えん。」
両腕を胸の前で合わせる。慎重に、詠唱と同時に少しずつ手と手の距離を離し、隙間を作る。
圧縮された火球にルービクトは、「僕のよりちいさいじゃん」とか言っている。
生意気な弟に、「みてなさいよ」と心の中で呟く。
詠唱が終わるとともに、一気に手を離し、火球を解放する。
パァンと、爽快な音がして的が吹き飛ぶ。
生意気なルービクトは、自分の火球とは比べ物にならない速度で飛んで行ったソレを見て、すっかりいじけている様だ。
ふん、と顎を突き出して勝ち誇ると、「姉上すごいね」と、アイギスが寄ってきた。
「でしょ!上級生でもここまでの使い手は少ないのよ!」
ルービクトに勝ち誇り、アイギスには憧れの目を向けられ。
最高の気分になっていたところに、生意気なルービクトが水を差した。
「アイギスもやってみなよ」
足元で不思議そうな顔をするアイギス。まだ5歳のアイギスは魔術をやったことがないのだろう。
しかし、アヴィゲイル家の子供なら感覚で魔術くらいは使えるものだ。
私も兄様も、初めての詠唱で成功した。ルービクトも何度か失敗していたが、四回目くらいで成功していた。
可愛いアイギスと一緒にルービクトに勝ち誇るため、「そうね」と言って教えようとしたところで、不味いな。と気づいた。
アイギスは私達と血が繋がっていない。もちろん兄様や私がアイギスに思うところなんてない、可愛い弟だ。
だけど普通の貴族の子供にとって魔術とは、何日も練習して初めて成功するものだ。アヴィゲイルの血筋と比べ、自分だけが出来ないとアイギスが気づいたら、もしかしたらアイギスは悲しい思いをするかもしれない。
兄様に目をやると、同じことを考えたのだろう、「今度にしよう」とアイギスに声をかける。
しかし、やる気になったのだろうか、アイギスは私に「詠唱を教えて」と、スカートを引っ張る。
「きっと僕の方がうまいよ、アイギスにはできっこないよ」
そう挑発するルービクトに、むっとした顔で小さく「出来るもん」と呟くアイギス。
本当にいいのだろうかと、戸惑いながら簡単な火球の魔術の詠唱を教える。
兄様が念のために水の魔術を練っているのを感じながら、丁寧に教える。
「やってみるよ」
そう言ってアイギスは少し離れ、的に向かって手を突き出す。
「せいかい?に渦巻けげんその力よ、まが呼びかけに応えて敵を焼き尽くせ」
少し辿々しく、所々間違いのある詠唱。
しかし、行使しようとしている魔術に対して、あまりに多い魔力量。
にもかかわらず、本来よりも小さな火球。
「小さいじゃん」とルービクトが声をかけると、アイギスは眉を歪めながら小さな火の塊を睨む。
魔力を練っている。上級魔術のような魔力量が唸っている。詠唱を多少間違えても魔術は発動できる。
しかしこの魔力量は明らかに以上だ。
「止めて!アイギス」と、異常を察知した兄様が止めに入るが、アイギスはやめない、聞こえていない。
「ジスタン!」
兄様が声を張る。騎士ジスタンがこちらに走ってきていた。兄様の守護騎士であるジスタン。剣の腕のみならず、魔導術まで使う天才だ。
その彼が、散乱術式で魔力を散らそうと術式を展開しているが、アイギスから感じる魔力は全く崩れない。
不味いと思った時、ポシュンと、あっけなく火球は消滅していた。
悔しそうなアイギスの、その瞳は赤く光を帯びていた。
ルービクトが「やっぱりできないじゃん!」と囃し立てる。「もう少しだったもん」とアイギスが返す。
目が赤い。魔力を纏っている。光を帯びている。
シスカが不安げな、すこし怒ったような顔でこちらに来る。
怒られるかもしれない。初めての魔術を勝手に使わせようとしたから。
目が、まだ赤い。そして明るい、まだ光っている。
アイギスの目は、もともと片方が少し赤かった。鈍い赤で、赤黒い色だった。
しかし光を纏ってはいなかったはずだ。
ようやくおかしいと思い、兄様に相談しようと振り向くと、兄様は屋敷に向かって駆けだしていた。
「シスカ!アイギスを頼む!」
大声で指示した兄様は、必死に形相で駆けだしていた。
どうしよう、あとをつけよう。
そう思いつくのに、時間はいらなかった。
門を突き飛ばすように開き、階段を駆け上がる兄様。
「父上!母上!」
父様と母様に言うつもりなのだろうか、怒られるかもしれないのに。
真面目が過ぎる。
がっかりしながら、しかし先ほどの兄様の顔色が忘れられない。
階段を上り終え、二階で走り出した兄様は、父様の書斎の前で立ち止まる。
ようやくたどり着いた父様の書斎の扉の前で、「失礼します」と声をあげると、ディーコンが扉を開く。
兄様が部屋に入ってゆき、扉が閉じる。
ゆっくり足を運ばせる。
気づかれないように扉の傍までたどり着き、耳を立てる。
「先ほど、訓練場でアイギスが魔術を使おうとしたのです」
兄様の声だ。
魔術を使ったからなんなのだろうか、そんな大急ぎで両親に報告することでもあるのだろうか。
ふと、学園で浮かんだ疑問を思い出しながら考える。
「待ちなさい、ファギエル、あなた全く駄目ね」
母様の声が厳しい。何がダメなのだろう。
母様が怒ることでもあるのだろうか。
母様が?
しまった。母様がいる。
そう思った時には遅かった。
「リリアン、盗み聞きしてないで入りなさい」
きっと怒られると思った私に、「入りなさい」という言葉は驚きだった。
ディーコンが開いてくれた扉から入ると、兄様は呆れたような目で見て来た。
気づかないのが悪いのだ。
「それでファギエル、魔術を使ってどうした?」
父様の声も厳しい、というか鋭い感じだ。
仕事をするときの父様だ。こんな間近で見るのは初めてだ。
「はい、簡単な火球の魔術だったのですが、上級魔術のような魔力を感じました、それに…」
言いよどむ兄様に、眉を顰める父様と母様。
結論が欲しかった私は大きい声を発した。
「目が光ったの!アイギスの目が赤く光っていたわ!」
私の言葉に、父様と母様は困ったような顔で互いを見る。
数秒見つめあった後、はあ、とため息をつき、父様が私に向く。
「リリアン、お前にもそろそろ知ってもらおうと思っていた」
そう言われ、弾かれたように声を上げた。
「アイギスが本当は没落した親戚の子供じゃないって話?」
書斎は沈黙に包まれた。
母様の目が怖い、私を睨んでいるわけじゃないのは分かるけど、怖い。
父様の目も怖い、見たことがある。街を襲った魔獣を討伐した時の目だ。
兄様は驚いていた、兄様は聞かされていたのだろうか。
沈黙した書斎に母様の声が響いた。
「誰かから、聞いたの?」
初めて母様に恐怖を感じながら、答える。
「いいえ、でも学園でゼルネアン家の話を聞いて、もしかしたらって思ったの、母様も父様も過保護だし」
そう答えると、すこしの沈黙の後父様が笑い出した。
「やっぱり女が強いのか?」と言いながら笑い声をあげる父様。
それを聞いて、訝し気な目を向けていた母様も笑い出した。
どうしていいのかわからない私と兄様と、ディーコンだけが笑っていなかった。
それから母様はすべてを教えてくれた。
ゼルネアン家が滅び、アイギスがうちに来た事、国王すら知らないこと、敵が誰だか分からないこと。
兄様も話してくれた。
入学前のパーティで、アイギスの敵であろう存在に出くわしたこと。
父様も話してくれた。
私が入学した年のカヴール祭で暗殺未遂が起きたこと。
三人は私に一緒にアイギスを守ってくれと言った。
なぜそんなことを言うのだろう。
私は少しイライラしながら答えた。
「アイギスは私の弟だもの、守るのは当たり前よ!」
父様と母様は満足げな顔で、「ありがとう」と言った。
ーーー
休暇が終わり、王都へと向かう馬車の中。
兄様が話しかけてきた。
「父上も母上も、お前を信用していなかったわけじゃない、俺が知ってしまっただけだ」
なにを言っているのだろうか。
私が兄様より後に教えてもらったことに不満を感じていると思っているのだろうか。
「兄様!私気にしてないわよ!なんとなく気づいてたし」
そう答えると兄様は、少し笑みを浮かべた。
「そうか、流石だな、くれぐれも漏らさないでくれよ」
「当り前じゃない!」
会話はそれっきり。
私は窓の外を眺める。
兄様は本を読んでいる。
母様は言っていた、「敵が誰かわからない」と。
その言葉が私の中に重くのしかかっていた。
きっと王都にはアイギスの敵がいる、私の敵がいる。
私が、私達がアイギスを守らなければいけない。
覚悟を新たに、王都へ向かう馬車の中、家に残る弟を思い出す。




