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蒼眼のアイギス  作者: 面倒
第一章 「守れたモノ」

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第四話 「大人」

今日も、母上と父上は忙しそうだ。あの日以降ずっと忙しそうにしている。親戚の領土に行くことも増えた。家令のディーコンまで忙しそうにしているし、なんとなくメイドも忙しそうだ。


みんな、僕を見てくれなくなった。


朝食を食べながらそんなことを考える僕に、ふと父上が話しかける。


「ファギエル、学園には誰を連れていくか決めたかい?」


食事の手を止める。

決めていなかった。


「いえ、まだ決めていませんでした」


「そうか、ディーコンでなければ誰でも構わんぞ」


苦笑いをしながらそう話す父上に、父上の後ろに控えるディーコンも笑みを浮かべる。

父上の片腕と呼べるディーコンがいなくなれば、途端にアヴィゲイル領は立ち行かなくなるかもしれない。

母上も小さくため息をつき、父上に微笑んでいる。


なんとなく、口から言葉が出た。


きっと父上を困らせたかったわけでは無い。


それでも、なんとなく言ってしまった。


「シスカはダメですか?」


その言葉に静まり返った食卓に、僕はすぐに後悔した。

父上と母上の雰囲気に何かを察したのだろう、弟と妹も静かになって、こちらを見ていた。

少し悩んだ後、父上は答えづらそうに僕に話しかけた。


「ファギエル、すまないがシスカは」


「大丈夫です、彼女以外にします。」


違う。


こんな風に父上を困らせたい訳じゃない。


とっさに出てきた返事は、父上の言葉を遮る形で、しかしそれ以上は何も言えず、食卓に再び静寂をもたらした。


何か言いたい。父上は頑張っているのだ。


母上も頑張っている。


領民にも好かれ、あのゼルネアン家の血を引く母。王室からの信頼も厚く、宮廷貴族でないのに中央の仕事を任されることもある父上。

二人がこんなに忙しそうにしているのだ、きっと何かとても大変なことをしているのかもしれない。

王室から特別な仕事を任されることもある父上は、僕らに言えないことも多いだろうし、貴族として育った以上、そんなことは分かっている。


だから、邪魔したくない、困らせたくない。

それなのに嫉妬してしまう自分が嫌になる。


こうなったのはあの赤ん坊が来てからだ。


母上が王宮晩餐会に出発する前日、急に赤ん坊が来たのだ。


弟と妹は興味津々だったし、僕もそうだった。

あとから母上に聞けば、母上の親戚の子供らしい。

楽しみだった、いとこや親戚の子供と遊ぶのは好きだ。


よその事を聞けるし、同年代の友達はみな商人や騎士の家系で、対等に話すことはできない。


だから、楽しみだった。母上の親戚の子供がうちに来るのは。


でも、その日以降、赤ん坊には会えなかった。

それどころか、赤ん坊のいる部屋に入らせてすらもらえなかった。


ある日妹がこっそり入ろうとしたとき、母上に見つかった。


父上の書斎に忍び込んだ時のように、母上に小言を言われると思った。

しかし、母上は激怒した。


母上は怒ると怖い。


ゼルネアン家の血を引く母上は、騎士の噂によるととてつもなく強い。

母上が本気で怒っているのは見たことがなかった。


きっとその日から、妹も赤ん坊に嫉妬した。

妹を怒鳴りつける母上の目を見て、僕は更に赤ん坊が嫌いになった。




ーーー




その日の昼過ぎ。

領館にて開かれるパーティに出席する有力者達の家族関係や経歴を眺めていると、部屋にディーコンがやってきた。


彼はむずかしそうな顔をしていた。


嫌な予感がした。


そして彼は、嫌なことを告げた。


「ファギエル様、本日の領館でのパーティには、ファジマ様とローリエン様はご出席なさりません、私が代わりを務めます」


手に、上手く力が入らない。


紐で通さず重ねていただけの紙は、はらはらと手からこぼれ落ち、足元に散らばった。


「待ってよ、僕だけじゃ...その」


自分だけでは困るかもしれない、そういって反論したかったが、ディーコンが来るならその心配はない。

視界が滲み、上手く言葉が思いつかない。


父上と母上に来てほしいのに、来てくれる理由が思いつかない。


理由が、わからなくなってしまった。

だから、ディーコンを困らせたくないのに、朝食の席と同じ失敗をしてしまった。


「僕よりよその赤ん坊の方が大事?」


ディーコンに聞くべきではないのに、ディーコンが答えられるわけもないのに。

感情をディーコンにぶつけてしまった。自分が嫌になった。


「ごめん、なんでもない」




ーーー




ディーコンが先に降り、一人では地面に足のつかない僕に騎士が手を貸してくれる。

馬車を降りると、僕の好きな景色が広がっていた。


アヴィゲイル領の心臓部、ノートゥアンの町。


内地の町ほど大きくないし、港があるわけでもない。

でも中等支部があるし、領民はみんな笑っている。

それに僕の生まれ育った町だし、父上が治める町だ。


緩やかな傾斜の最も高い位置に置かれる領館の入り口から、城下町を眺めながら門へと向かう。


中からはピアノの音色と、人の話し声が聞こえる。

パーティはもともと好きじゃなかった。


みんな僕を見てくるし、緊張する。

でも、大きくなってわかった。


みんな僕を見ているのではなく、父上を見ていた。

母上に話しかけていた。


みんなに尊敬される父上と母上が好きだ。

二人はいつもパーティの中心だった。


僕に代わりが務まるだろうか。



門を通り控室に入り、メイドに身だしなみを整えてもらいながら、そんなことを考えていた。




「ファギエル・アヴィゲイル様のご入場です。」


幕の向こうから声が聞こえ、メイドがどうぞ、と言いながら幕を引く。

控室との明かりの差に、少しだけ目を細めそうになり、しかし、普段のパーティでの父上の姿を思い出し、胸を張る。

父上はもっと堂々としていた。

胸を張り顎を引き、まっすぐみんなを見ていた。


父上のように出来ているだろうか。


みんなが僕の事を見ていた。

父上ではなく、僕の事を見ていた。

僕もみんなを見ていた。



父上の見ていた景色が、少しだけ見えた気がした。



「本日はお集まりいただきありがとうございます。アヴィゲイル家次期当主、ファギエル・アヴィゲイル、無事に10歳を迎えました。学院にて研鑽を積み、これからも領民と領土、そして王国のため尽力いたします。若輩者ではありますが、皆さんのお力添えをお願いします。」


かなり、すらすら話せたんじゃないだろうか。

話終わった瞬間の静寂が、永遠のように感じた。

やっぱり駄目だったかもしれない、ここで失敗したら父上の評判が悪くなってしまうかもしれない。

そんな僕の心配は、すぐさま拍手の音で搔き消えた。


「伯爵閣下と奥方様に代わり、この領の未来であるファギエル様からのお言葉、しかと受け止めました。皆々様もパーティをお楽しみください。」


司会の言葉に、ピアノの演奏が始まり料理が持ち込まれる。

小さなステージから降り、ディーコンを探そうとあたりを見渡すと、背の高い男性が横から話しかけてきた。


「お久しぶりでございます、ファギエル様。10歳のお祝いを、病で来れぬ妻の分もお伝えいたします」


「マクシェルさ...殿!」


見覚えのある顔、聞き覚えのある声に、ほんの少し間違えそうになるが、踏みとどまる。

マクシェルだけではない、周りには人だかりが出来ていた。


会場の人の分布が偏り、僕の居る会場の端に人が寄ってしまっている。


それが悪い事なのかはわからないが、父上の時はそうではなかった。

なにが違うのか、わからない。

父上のようになりたい、母上のように皆を楽しませたい。


たどたどしく、それでも慎重に挨拶をする僕に、ようやく見つけてくれたディーコンがこちらに来た。


「ファギエル様、A級冒険者のジャーマル様です」


ディーコンの後ろについてきた男性は、とてもA級冒険者とは思えないくらい、ひょろっとしていた。


騎士を見て育った僕にとって、戦士とは体格が大きく、剣や槍を携えているものだった。

しかし目の前の彼はどちらも持たず、体も大きくない。


「今、冒険者っぽくないって思ったでしょう?」


驚いて、焦って顔を上げる。

ジャーマルと紹介された男は、なんとも不気味な笑みを見せていた。


「いや、その。騎士の人は体が大きくて、なんでだろうって」


A級冒険者はとても貴重だ、機嫌を損ねるわけにはいかない。

そう思い焦って言い訳をする僕とは違い、ジャーマルは不気味な笑みとともに「かかか」と不気味な声をあげて笑う。


「そう思わせるのも戦術なんですよ、魔物相手には聞きませんけどね、かかか」


この気味の悪い笑い方は癖なのか。

そう思いながらも、なるほど、と思った。強そうに見えなければ油断するかもしれない。

ギルドでA級と認められている以上、彼の実力は確かなのだから。


「確かに、ここまで近づかれれば僕もやられてしまうかもしれません」


冗談だったつもりはないが、僕らの会話を聞いていた周りの人は笑い声をあげた。

母上と話している時のように、みな楽しそうに笑っていた。


「いやぁいや、横の執事さんがいれば無理でしょうなあ、かかか、ずいぶん強い」


ディーコンのことなのだろうか、彼は執事、というか家令だ。つよいなんて話は聞いたことがない。

もしかするとディーコンは強いのかもしれない。A級の冒険者が言うのだし。

ふと、自分に話題が向いたディーコンはジャーマルに顔を向ける。


「ほう、では冒険者になりましょうかな、F級から」


ディーコンの返事に、ジャーマルはまた「かかか」と笑い、周りの人も笑っていた。

ディーコン自身も笑っているから、きっと冗談なのだろうが、何が面白かったのかよくわからない。

こんな風にみなを楽しませる能力も大事なんだ。


ディーコンは流石だ。父上や母上に信頼される理由もよくわかる。

僕もこんな風にならねば。そう思い、ディーコンと離れ、少し移動しながら他の人にも話に向かう。

父上もこんな風に足を動かし、位置を変えながら人と話していた。


いろんな人が話しかけてくる。

知ってる人もいれば、聞いたことはある人もいる。

全く知らない人もいた。


上手く返事が出来たか分からない。

もしかすると間違った対応をしてしまったかも。

そう思いながらも、少し楽しかった。


父上の役に立てている、母上のように話せている。

そう信じながらいろんな人と触れているとき。

ふと耳に、聞きたくない言葉が聞こえた。


「そういえば、アヴィゲイル家に赤子が来たとは本当なのですかな?とても慌ただしいとか!大変ですなぁ全く」


パーティを楽しむと同時にその空気に酔っていた僕に、その言葉はひどく重く刺さった。

だから、返事をしようとした。

「その通りだ」「困ったものだ」と。

そう思い、声を出そうとしたとき。



血の気が引いた。



頭が真っ白になった。



「ディーコン!!」


とっさに叫んでしまった。

はしたなかったかもしれない、父上に恥をかかせたかもしれない。

そんなことを気にする余裕はなかった。


僕の叫びにディーコンは飛んできた。ディーコンの横にはジャーマルがおり、彼も素早くこちらに向かってきていた。

ジャーマルの懐はほんのり光っている。それは魔術を行使するために魔力を練っている証。

しかし、ディーコンがそばに来た時には既に遅かった。

先ほど話しかけてきた男はいなくなっていた。

そもそも”男”だったのだろうか。上手く思い出せない。


「ディーコン、具合が悪い、すこし休みたい」


尋常ではない僕の様子に、ディーコンは素早く僕を控室に連れて行ってくれた。

控室にはなぜかジャーマルもついてきていた。

ジャーマルは笑っていなかった。

彼は先ほどとは打って変わって鋭い目つきで話した。


「何か起きたが上手く思い出せない…か?」


「ああそうだ、誰に話しかけられたか思い出せない、このことは父上に報告する、内容はジャーマル殿には言えない」


反射的に答えたがはっきりと話すことができた。

しかし、ジャーマルはなぜ僕の記憶がぼやけている事を知っているのか。


「そうだろうな、それがいい…さっきあんたがいたところから嫌な魔力の痕跡があった、気分の悪い術だ、俺が発動に気づかねえなんて相当な使い手だ」


そうか、ジャーマルは魔術師なのだ、一流の。

そんなことも分かるのかと驚きつつ。

ディーコンとともに、馬車に向かう。

騎士達が慌ただしくついてくる。

騎士の一人が馬車に載せようと手を差し出すが、すでに地面を踏み切り、勢いを付けて馬車の足場に足をかけていた。


「すぐに出して!」


僕の強い声に、騎士達はディーコンの方を見る。

僕の言うことを聞かない騎士に、少し苛立ちを覚えるが、ディーコンが指示をだし、馬車はすぐに動き出す。



とにかく、急いで。父上と母上に伝えなければいけない。

もしかしたら僕が間違えてるかもしれない。

馬鹿みたいに騒いで父上に迷惑をかけるかもしれない。


それでも僕の脳はガンガン危険信号を発していた。


点と点が線でつながるような感覚だった。

赤ん坊の言葉なにもわからない。

父上も母上も詳しく話してはくれない。


それでも、僕のなかで暴れる危険信号は静まらない。

盗み聞きしていた話や、普段と違う母上の激怒。



なぜ、あいつは赤ん坊の事を知っていたのか。



守らなければいけない。

僕はもう、父上と母上に見てもらう子供じゃない。

僕はアヴィゲイル伯爵家次期当主。


この領と、王国と、そして家族を守らなければいけない。


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