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蒼眼のアイギス  作者: 面倒
第一章 「守れたモノ」

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第三話 「蠢く王都」

アザドラニア王国、王都”ラグラニア”。

大陸北部に位置する、アザドギエル大陸における最大の都市である。

臨海部にある巨大なクレーターがそのまま湾となり、世界最大の港町を形成するとともに、魔術により地形を操作され大陸中央部から流れた大河の恵みが、王都を縦断して湾に流れ込んでいる。

町中に張り巡らされた水路と中央を流れる主水路が、ラグラニアの物流を支えるとともに、美しい街を作り上げている。


クレーターであり湾でもある王都北部、その最奥に鎮座するのが、王城”ラグニア・パレス”。

クレーターにより形成された丘をくり抜き、下層を作り、大陸中から集められた最高品質の石材にて中層を、帝国より取り寄せた魔石材により、上層を構成する。


石材とともに技術者を帝国より招き、帝国の城と同様の魔導防御機構を搭載しており、夜になると淡く光を纏うその姿は、アザドラニアの象徴と言える。



美しい王城は今夜、久しぶりの賑わいを見せていた。

年に2度の貴族たちの集まりがあるためだ。

アザドラニア王国のすべての貴族が集まり、意見を交わし、舌戦を繰り広げる。

一部の、王都まで赴けない貴族家でも代官などが代わりを務める必要があるため、本当にすべての貴族が集まる場となる。


アヴィゲイル家もまた例外ではなかった。


アヴィゲイル伯爵家、ファジマ・アヴィゲイル。

はるばるアヴィゲイル領からやってきた妻を迎え、王都に所有する屋敷にてパーティの前に近況報告を行っていた。


「ゼルネアン家の?それは…何かあったのかもしれんな、どのみち今夜わかるだろう」


妻の口から聞いた話はとても簡単に流せるものではない。

それでも平静を装ったのは妻が焦りを表に出しているからだ。普段冷静な彼女が、隠しているつもりなのだろうが手が震えている。

自分が冷静でいなければならない。

どのみちゼルネアン家は王都まで来ない。今回も代官が代わりを務めるだろうからその者に聞けばよい。

ゼルネアン家の一人息子がアヴィゲイル領にてかくまわれている事を。




ーーー




「さて、今宵も良く集まってくれた。」


王が盃を掲げ会場に集まる貴族もまたそれにならう。

他の貴族同様、盃を掲げるローリエンの手は震えていた。

その目にはほんの少しの怯えが見える。


「これからの王国の栄光を願い、乾杯。」


乾杯、と、貴族の声が続き、パーティが始まる。立食形式のパーティではあるが座れる場所も用意されている。

ほとんどの貴族は派閥で集まり高位貴族は王室への挨拶へ向かう。


しかし、ローリエンはそれどころでは無かった。

いなかったのだ、ゼルネアン家の代官が。


「ファジマ、いない…やはりいないわ」


妻の額に冷や汗が滴るのを見て彼女の手を握る力を強める。

足取りが怪しい妻の手を引き、王家の派閥の集まりへと向かう。

大丈夫だ、と小さく声をかけつつ、派閥の長である大公のもとへと向かう。


「アヴィゲイル伯爵、久しぶりです、夫人もお久しぶりです」


良く声の通る青年。エイブル公国の大公である、ジークリンド・エイブル。

厳密にはアザドラニア王国の貴族ではないが、エイブル公国の事情は特別だ。


「閣下と、お呼びした方が?」


一国の主でもある青年にそう問いかければ、彼は笑いながら答える。


「ご勘弁を、つい先日まで師匠であった伯爵にそのような扱いをされてはかないません」


事実上の師弟関係にあった彼との仲は良好だ。

ちょうどその時パーティの音楽が流れ始め、貴族たちはダンスをするために会場の中央へと集まり始める。


「すまないがジークリンド君、妻の具合が悪くてな、少し席を外させてもらう」


その言葉に、気遣う表情を見せつつその中にある何かに気づいたのだろう。


「承知いたしました、あとはお任せを」


すれ違う貴族に挨拶をしつつ、妻の肩を支えながらゆっくりと歩く。

妻はすっかり生気を失った顔をしていた。

無理もない、ゼルネアン家に何かあったのだ。それも、子を他人に預けるような事態が。

もはやゼルネアン家の人間は存在していないのかもしれない。ゼルネアン家になにがあったのか、貴族の魔窟であるここは情報を集めるのには最適だが、この状態の妻には任せられまい。


思案を巡らせながらローリエンの肩を支え、どうしたものかと考えていたその時。

異様な気配を真横に感じ、足を止め警戒を強める。この場で何かを仕掛けてくるものがいるとは思えない、しかし、王国最強と言われるゼルネアン家に何かあった今、どこであっても安心はできない。

妻を守らなければならない。

足取りのおぼつかない妻を左側に支えつつ、右手に魔力を込めながら振り返る。


そこにいたのは、ゼルネアン家の代官、ヴァーミン・ドーツであった。




ーーー




静まり返った部屋の中、長いテーブルの席で対面する形でヴァーミンとアヴィゲイル夫妻は着席していた。

それだけでなく、バレルスタン家夫妻、ミュスタン家夫妻も、それぞれヴァーミンの横と自身の横に座っている。

この場にいるのはゼルネアン分家の家々だ。みなが王派閥に属する家であり、普段なら気さくな会話の弾む面々だ。


しかし、ヴァーミンは何も話さない。私も妻も、バレルスタン夫妻もミュスタン夫妻も。

原因はヴァーミンが放つ殺気だ。ゼルネアン家の筆頭家臣でもあるヴァーミンは強い。

この場では最も強いかもしれない。しかし彼はとてもやさしい人物なのだ、本来なら。

そんな彼が、それなりに交流のある私とも妻とも語らない。


あまりにも静かな空気が、場を支配していた。


「待たせたな」


声とともにドアが開き、弾かれたように全員が立ち上がる。

足が震えてか、上手く立てない妻の肩を支える。

それを見かねて先ほどと同じ声の主が再び話を始める。


「無理に立たずとも構わない、皆もかけてくれ」


そう話しながら執事に椅子を引かれ、上座に腰を掛けたのはアザドラニア王国現国王。

アクリオン・ファーゼス・アザドラニアン。


「パーティの最中にも関わらず、集まってくれたことに感謝を示そう、だが此度は時間がない、すぐに本題に入らせてもらう」


そう告げる王の額には汗が見えた。

若くして王位に就いた彼は素晴らしい王だ。そんな彼が怯えているようだった。


「私のもとにも情報が入ったのはつい先日だ、詳細についても不明だ、ゼルネアン家が何者かの襲撃を受け、全滅した」


息を呑む音がした。誰のものかもわからない、皆のものかもしれない。

しばらくの間、静寂が部屋をつつんだ。


なにを話せばいいか、みな分からなかった。


はじめに静寂を破ったのはヴァーミンであった。


「陛下、先ほども伺いましたが…全滅なのですか?一人も?」


ヴァーミンの言葉にもはや、希望は残っていなかった。

彼は代官として私たちより先に知っていたのだろう。

確認のように聞こえる彼の質問には、縋る想いが込められていた。

それに対する王の答えは、ただ首を縦に振るのみであった。


しかし、私は確認しなければならない。

なにせ全滅ではないはずなのだ。


「陛下、実は先日――」


私の言葉は、左手の腕に走った鋭い痛みで止められた。

ちらと見れば妻が私の手を掴んでいた、爪の跡がつくような強さで。

苛立っているのだろうが、わからない。妻とて貴族だ、王のいる場でこのようなことを。


そこまで考えて気が付いた。

私は何と愚かなのか、妻に感謝しなければならない。


「伯爵よ、どうした?」


言葉を途中で止めた私に、王が問いかける。


「いえ、その…誰からの情報なのでしょうか?」


私の質問に違和感を感じたのか、ヴァーミンが睨んでくる。

なにか私が隠していると感づいたのだろうか、拷問すらしそうな目だ。

前回会った時とはまるで人が違う。

こんな目をする男では無かった。だが許せヴァーミンよ、この場で語るわけにはいかないのだ。

ゼルネアン家の息子が我が家にいるなど。なにせ、王もこの場にいる人間も、全滅だと思っているのだから。


「ふむ、まずは冒険者から報告があり、箝口令を敷き、詳しく調べさせた、その結果がつい先日届いた、この事実は後日他の貴族にも発表せねばなるまい…王国最古にして最強の、辺境を守る家が滅びたと」


話しながら、王の言葉には疲れが見えた。

ふと妻に目をやると、彼女は覚悟を決めた目をしていた。

やる気らしい。あの子はうちの子として育てるしかあるまい。

もしもよそに置こうものなら、妻と戦争になる。

私とて、誰かにあげてやるつもりもない。


再び静寂に包まれた部屋に、年を取った老人の言葉が響く。


「辺境は如何になさいますかな?」


バレルスタン侯爵家の当主代行。前当主の彼はすでに齢80を超えている。

彼の瞳からは何も読み取れない。長い貴族生活の中で身についた技術だろう。


「とりあえずは王都のギルド高等支部に応援を要請している、王家から代官を派遣し統治を行う、一旦は王家の直轄領とする予定だ」


王の答えに老公はうなずきながら答える。


「それがよいかと、息子にも警戒するよう伝えましょう、しかし…まだ一つ大事な事があります」


閉じていた眼を開き、その場にいる全員を見ながら声を発する。


「何者が、ゼルネアン家当主であるアレストを殺し、エルフ最強の戦士の一人であるレイリーナ殿を殺したのか」


その問いに、王はため息をつきながら答える。


「それも分からぬ、なにもわからぬのだ」


再び静寂を迎える部屋にヴァーミンの声がかけられる。


「私は犯人を探りましょう」


彼の声には強い殺意が込められている。執事が普段より王に近づいていた。

そのままヴァーミンは続ける。


「陛下、このあとアヴィゲイル伯爵と話をしてもよろしいでしょうか」


彼の問いはこの話し合いの終わりを意味していた。

張り詰めた空気が少し楽になる。

王が席を立とうとし、それに合わせて全員が立ち上がる。


「構わぬ、このままこの部屋を使うがいい、人払いはしよう」


そう言い残し、王はパーティへと戻る。王の執事に続き、バレルスタン家夫妻とミュスタン家夫妻も部屋から出て行く。最後に、王の言葉通りメイドが一礼ののち、退室する。


「さて、アヴィゲイル伯爵、聞かせてもらいましょう」


すっかりばれているらしい、が。彼ならいいだろう。

一応の確認のため妻にも目を向ける。問題はなさそうだ。


「ああ、先日私の家に赤子が届いた。ゼルネアン家の一人息子だ」


私の言葉に彼は目を見開く、その目には様々な感情が流れてゆく。

歯を食いしばり、顔を歪めている。

そして、消え入るような声を辿る。


「生きて、おられたのですね…」


「ああ、元気らしい」


私の短い言葉に、再び下を向き、ヴァーミンは続ける。少し見えたその顔には、様々な感情が同居していた。


「王に伝えましょう、ゼルネアン家の次期当主に――」


絞り出すような彼の言葉を遮る形で、ローリエンが返す。


「ダメよ」


真横からの鋭い声に、妻に目を向ける。


「だって誰も知らないのだもの、赤子の事を、そして私達もわからないの、誰が犯人なのか…だからダメよ」


先ほどまで生気を失っていた妻が、強い目でヴァーミンに答える。

そしてそのまま続ける。


「私達の家で育てるわ、何としても守ります」


ヴァーミンは声にならない悲鳴を上げていた。

しかし彼とてそれ以上の手立てがないことも重々理解していたのだろう。

「ええ」とだけ声を吐き、それっきり下を向いて動かない。

彼に語り掛けるように妻が続けた。


「目の行方は分からないの、彼の目は赤かったわ、魔力を感じるものだったけれど、ゼルネアンの瞳ではないもの」


鼻をすすり、ヴァーミンが顔を上げる。

覚悟のこもった目を見せる彼は、はっきりと答える。


「ならば私は陰ながら守ります、そして犯人を突き止めます。しかし…誰が届けたのでしょう…」


「わからないわ、でもレイリーナの事ですもの、なにか切り札があったのでしょう…あなたは好きに動きなさい、信用するわ。なにかあればアヴィゲイル家を頼りなさい、いいわねファジマ。」


有無を言わさぬ妻の言葉に、首を縦に振るしかない。


「ゼルネアンもアヴィゲイルも、女が偉いのは変わらんな」


私の言葉に、ヴァーミンは少しだけ笑っていた。




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