第十四話 「大人達」
夜の月明かりが窓を撫で、魔石の明かりが生徒の夜を淡く彩る。
「今日はもう動けないや」
賑やかな廊下、アイギスは隣の生徒に話しかける。
話しかけられた方は、重い瞼を擦りながら返す。
「そうだな…食堂で夕飯を済ませたらすぐ寝よう、アイギスの部屋は俺と同じ棟だったよな?」
少し振り返って確めるウルケリオンに、専属執事のジルは黙って頷く。
「ジルさん、なんで僕の寮まで知ってるの…」
「これも殿下の御身をお護りするため。」
その返しに気味の悪さを覚えつつ、王子の護衛も兼ねているのだから当然かなどと考える。
生徒たちの賑わいが増す。
突き当たりに目をやると明かりの量も多い。というか広い。
食堂には大勢の生徒が集まっていた。
ウルケリオンと同じ場所に座ろうと目で席を探すアイギスに対し、ウルケリオンはジルを引き連れ迷うことなく奥へと向かう。
大勢の生徒に目もくれずまっすぐ歩みを進める。
生徒が多く、気を配る部分が多いのか、珍しくジルはあちこちに目を配っていた。
ふと、とあるテーブルの前でウルケリオンが立ち止まる。
「ごきげんよう、姉上。」
ウルケリオンが声をかけた先にいたのは、見覚えのある女性の二人だった。
「殿下、姉上、こんばんは。」
会釈をする先は姉と第二王女。
つい先日、荷物の搬入を手伝ってくれた女性がそこにいた。
「なんだ、アイギスは姉上をしってるのか、というかリリアン殿はアイギスの姉君か」
「ええ、ウルケリオン…私たちここの姉弟に骨抜きにされているのよ」
微笑みながら肯定する王女に、苦笑いを浮かべるリリアナ。
「リリアナ、そろそろ寮に戻りましょ…アイギス、王子殿下とここのテーブルを使う?」
「ええ姉上、使わせてもらえると助かります」
ふとアイギスが周りに意識を向けると、王族二人が集まっていることで若干の人だかり、もとい野次馬が集まってきていた。
「アイギス、弟をよろしくね…ちょっと困った子だけれど」
そう言って立ち上がる王女。否定も肯定もできないアイギスは姉同様に微妙な顔をするばかりだ。
「おいアイギス、否定してくれよそこは」
ーーー
ベッドの淵に腰をかけ、食堂を思い出す。
食堂の料理は絶品だった。
姉上と王女殿下の去った後、ジルが食事を持って来てくれて二人で食べた。
お腹がいっぱいになるまで食べた。
北部の海で取れた海老、大陸中央から持って来た肉、帝国より仕入れたハーブの汁物。
溢れる香ばしさに、思い出すだけで舌が潤う。
寮の廊下、分かれ道に差し掛かるまでウルケリオンと話したのは食事の話だけだった。
王室の食事に慣れたウルケリオンでさえ唸るのだ、きっと貴族でもなかなか味わえないものなのかも知れない。
しかし、初めての味を思い出すほど実家の料理が恋しくなる。
母と父を思い出し、ほんの少しだけ心の奥が狭くなる。
その違和感を忘れようと、深く沈み込むマットに体を預ける。
明日の支度をしようと考える脳とは違い、体はベッドに全幅の信頼を置いていた。
明日の授業を...確認しないと...。
脳と意識はどんどん引き離される。
瞼が落ちる。
体が動かなくなる。
ああ、明日もウルケリオンと...。
――『王家の者を護れ』
――『その血の僕たれ』
――――『血塗られた道を行け』
『いいえ、目覚めの時ではありません』
クツクツと笑う、不気味な声がした。
ーーー
日が沈み切った頃、王都の石畳を歩く二人の男。
賑やかな商業街からは少し離れ、夜の静けさを感じる道。
不安そうな顔をした男がふと尋ねる。
「ヴァーミン、アイギスはもう寝ているか?」
「さあ、今朝は早くから鍛錬に励まれていましたから、もう寝ているかも知れませんね。」
"融通の効かない文官"と言われればしっくり来そうな男。
その男が思い返すように少し上を見上げて答えると、不安そうな顔をしていたもう一人の男が安堵の笑みを浮かべる。
「そうか、アイギスは楽しめているか?」
「ええ、というかまあ...なんの因果か第二王子殿下の仲良くなってましたね」
その言葉を聞き、安堵の表情から喜びの表情へと変わる男。
「そうかそうか!あの問題児と名高い第二王子と...やっぱり俺の子は凄いだろ?」
自慢げにそう言う男に対し、少し呆れたような困ったような顔で返す。
「いやまあ、あなたの子じゃありませんけどね」
嗜める声は喜びを噛み締める男に届かない。
少し離れた商業街からは夜になっても賑やかな王都の空気を感じる。
ふと、二人に向かってくる男がいた。
意識だけをそちらに向けるヴァーミンに対し、もう一人の男――ファジマはその笑みをさらに深めて足音の方へ振り返る。
「ファギエル!元気でやっていたか!」
「はい!父上もお久しぶりです」
王都で代官を務める長男との再会。
親子の抱擁を眺めるヴァーミンの目には、彼らしくもない笑みからくる皺が見えた。
「ヴァーミン殿もお久しぶりです...アイギスの事、ありがとうございます。」
ぼうっと眺めていたヴァーミンに、思わぬ声がかかる。
恥ずかしそうにそっぽを向くヴァーミン、躊躇いながら返事をする。
「ああ、アイギス様は俺の主人だからな...ファギエル殿もありがとう」
「アイギスは僕の弟ですから...なんだかヴァーミン殿に敬称をつけられると違和感がありますね」
ヴァーミンは完全にそっぽを向いてしまった。
友人と息子の微笑ましい会話を眺めていたファジマは、近づいてくるもう一つの気配を感じ、少し気を引き締める。
それに気づいたヴァーミンとファギエルもまた歩みを止める。
路地裏から現れた男は痩せこけていた。
頰の骨が張ったその男はヴァーミンを見て少し笑みを浮かべ、ファジマを見て会釈をした。
静寂を破ったのはファギエルだった。
「お初にお目にかかります、アヴィゲイル伯爵家が嫡男、ファギエル・アヴィゲイルです。」
「初めまして、私は...ただの"エヴァン"です、どこにでもいる何でもない男です。」
含みのある返しに静かに頷くファギエル。
それを見たヴァーミンが口を開く。
「さて、奴らの尾を掴みましょう...そしてそのまま引き摺り回しましょう。」




