第十一話 「傲慢」
北の棟へ足を急ぐ。
鍛錬に時間をかけ過ぎてしまったため、ほとんどの新入生が既に移動を済ませていた。
着替えをすませ、嫌な汗を滲ませつつ走る。
棟の入り口には数人の教員と生徒が立っていた。
「そんなものは私には関係ない」
言い争う声が聞こえ、アイギスはふと耳を傾ける。
一人の生徒と執事、それに四人の教員。
「困ります、この学園では――」
なだめようとする教員の言葉に我慢が出来なくなったのか、生徒の方が大声をあげた。
「くどい!私は王族であるぞ!」
怒気を込めたその言葉に、アイギスの脳裏に古い記憶が過る。
ウルケリオン殿下、第二王子殿下だ。
「たとえ王族と言えど、この学園では平等に――」
「ふざけるな!そんなものは建前に過ぎん!」
王子が遅刻をして、それを叱る教員と喧嘩をしているようだった。
もちろん従者である執事が王子を諭せるわけもなく。
駆けて荒れた息を少し整える。
静かに歩みを進める。
「私は朝から貴族連中の寄越した手紙に返事を書かねばならん!貴様らの誰より重要な務めであるぞ!」
背を向ける殿下と殿下の怒りに焦る教員は気づかない。
しかし、流石は王族の従者。執事の方は背を向けながらもアイギスに気づいていた。
「ですが、いくら身分が――」
「そんなものは建前だと…誰だ!」
学園の硬い床、そこに響く足音に気づいたのか、王子が振り返る。
「背後からのご挨拶、無礼をお許しください。アヴィゲイル伯爵家が三男、アイギス・アヴィゲイルにございます。お久しぶりです、ウルケリオン殿下。」
教員に少し目をやり、すぐに目の前の王子殿下に目線を戻す。
堅い床に片膝をつき頭を下げる。
「久しぶりだと…いや、知っているぞ、我が姉に褒められていたのがお前…貴殿であったな!そうか、同学年であったか」
どうも思い出したようで、少し笑顔になる王子。
しかし緩んだ表情をすぐに厳しい顔つきへ戻る。再び振り向き、教員と対峙する。
執事はまだアイギスを見ていた。
一度会話が途絶えたことで静かになる双方。
父の言いつけには反するがやむを得ない。
「殿下、お先に中へどうぞ、私が変わりましょう」
「む、そうか、では任せることとする、ジル!行くぞ」
実は面倒だったのだろう、アイギスが変わると伝えた途端に執事を連れて会場に向かう王子。
それを横目に、教員に向き合う。
目があった教員がふと思い出したかのように話し始める。
「君、いくら貴族とは言え勝手は許されないよ」
「勝手ではありません、私は王家に忠誠を誓う一員として、代理人を務めるまでです」
その言葉に、四人の教員の内の一人、最も年配の教員が笑みを浮かべる。
それ以外の三人が眉間に皺を作り、少し悩む。
「この学園では身分制度に関わらず、学生としてのルールが適応される、王子であっても貴族であってもだ」
大きな体の男性教員が、反論は許さないという風にそう告げる。
正直、学園のルールを全部読んだわけじゃないから分からない、わからないが、学園内で身分制度が無効というわけでは無いはずだ、あくまでも学園のルールには従わなければいけない、という決まりにすぎないはず。
「貴族、それも王族が代理人を立てることを禁ずる決まりが、この学園にはあるのでしょうか」
「だから、学園で――」
「ない、ないとも、学園の規則はあくまでも学生の守るべきルールを記した物にすぎない、既存の法律に反する規則は記されていない」
男性教員の言葉を遮り、年配の教員が話し始める。
「では、この辺りにしませんか?教員の皆様とて、第二王子殿下と真っ向から喧嘩したい訳ではないのでしょう?」
「そうだな、助けられたのはワシらの方かもしれん、しかし…君はなぜ遅刻したのだ?」
「朝から上級生と一緒に鍛錬に参加していました、多分騎士学科の皆さんだと思います」
そう返すと、年配の教員は再び笑みを浮かべる。
「そうかそうか、今回のみ見逃そう、さあ、早く行きなさい」
その言葉にひとつ礼をして踵を返す。
他の教室の門よりも一回り大きな北の棟の門。
少し重たいその扉に手をかけ、力を込める。
グググと鈍い音を響かせながらもゆっくりと開く。
軽々しく開けていたさっきの執事はやはり異常だ。
門を開くと、後方で座っていて音に気づいた生徒が何人か目を向ける。
最後列の端、執事を後ろに立たせている生徒がいた。
そちらに向かい歩き始める。
早い。
執事の方はすでに接近に気づいているようだ。
ある程度まで近づくと、王子もこちらに気づいたのか、ふとふり返る。
目が合うと、笑みを浮かべ手招きする。
「先は助かったぞ、横に座るがよい」
「失礼します」
一瞬執事に目をやり、王子の横に腰掛ける。
「先ほどジルから聞いた、貴殿は相当に魔術が出来るそうだな」
「アイギスと、そうお呼び下さい、父上に教わりましたから、魔術はそれなりに使えます」
「そうか、ではアイギス、お前も名前で呼ぶが良い」
少し嬉しそうに話す王子に、自然と笑みが浮かぶ。
「では、ウルケリオン殿下と」
「ウルクと呼んで構わん」
「では、ウルク殿下と」
そう言うと、満足そうに目線を元に戻し、壇上で自己紹介をしている教員を眺める。
不思議と、彼とは馬が合う気がした。
なぜだか、彼もそう思っている気がした。
今日はおそらくもう一話投稿します。




