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蒼眼のアイギス  作者: 面倒
第一章 「守れたモノ」

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第一話 「継承」

この子だけでも逃さねば。


暗い森を駆ける女性が考えるのはそれだけ。

他のことなど考える余裕はない。


森の木々が、その景色が、崩れるように前から後ろへ流れ行く。


白く、すらりと美しい足に。たくさんの傷を負いながらも。


全く速度を落とさない。魔力により強化された肉体と、複数の魔術を組み合わせた加速方法により、凄まじい速度で駆け抜ける。

その気になれば空を飛べる女がそれをしないのは、追っ手を警戒してのことである。


腕の中で眠る赤子のために。


女は、駆ける。






「獲物は目の前だ、確実に仕留めろ」


全身を黒く覆った集団の、まとめ役のような男が言う。


返事をするまでもないのか、黒い集団は全く速度を落とさず追跡を続ける。

まだ少し遠くにいる女を追いかける。


彼らは知らない、自分たちが追いかける獲物が本来は極めて優秀な狩人であることを。

戦えない理由があるとは知らず、自分たちが狩人だと勘違いした者達は追いかける。




ーーー




女は三日間通しで走り続けた。


一度の休息も取らずに走り続けた女の体はとうに限界を迎えていた。

しかし追っ手は人を変え、手段を変え、女を追いかける。


女は、気づいていた。

自分がもう走れなくなることを。

だからこそ、決断した。




「なるほど…確かに魅力的な対価ですね、いいでしょう、契約は成立します」


その言葉を最後に、目の前の存在は闇の中に消えてゆく。

先程まで女の腕の中にいた赤子を連れて、消えてゆく。




「愛しいあの子に、どうか世界樹のご加護を」


姿が掠れて見えなくなる赤子を、我が子を最後の瞬間までその目にとどめ、女は振り返る。


その目に映るのは決意。

自らの命を顧みない決意の瞳。

そして、自身の愛する者を奪った者への憎悪の瞳。



「あの子の未来は守ります、おじいさまおばあさま、愛しいあなた、どうか果ての地で私を見守っていてください、私の最後の戦いを」



女が胸の前で両手を合わせる。


”儀式魔導陣魔術”


単独での使用は困難、魔導陣を描き、指定された場所にのみ発動可能、数日を準備に要する高等魔術。


それを単独で、ものの数秒で発動する。


女の名は”レイリーナ・ヒル・ゼルネアン” 


ゼルネアン辺境伯夫人にして、エルフ族における最強の戦士に与えられる称号である、”九命”の保持者の一人。世界屈指の強者の最後は、故郷を遥か離れたアザドラニアであった。




ーーー




「実に面白い」


静かにこちらを見つめる赤子の視線に居心地の悪さを感じつつ、悪魔はそう呟く。


泣き叫んでもおかしくない赤子。

母親と離れ、見ず知らずのバケモノの手に抱かれているのだから、泣き叫ぶべき赤子。

腕の中のそれは、泣き叫ぶどころか悪魔の目をまっすぐに見つめている。

心の底を見通すような目に、つい先程契約を交わした赤子の母親の面影が見え、悪魔は顔を顰める。


「本当に興味深い女です」


再び呟き、悪魔は思考を巡らせる。


「他者を助けろという契約を持ちかけられたのは初めてではありませんが…それにしても死後自らの魂と亡骸の両方を対価に差し出すとは」


一人呟き、悪魔はさらに思考を楽しむ。



「私の息子を助けろですか、九命の一角であるレイリーナ――エルフの古兵の一人が悪魔に契約を持ちかけるとは、長生きはしてみるものですね」


誰も返さないその呟きには、寿命の存在しない存在なりのユーモアがあったのかクツクツと一人、笑みを浮かべる悪魔。


「ふむ、ここは一つ都合の良い解釈をして差し上げましょうか、ええ」


一つ、彼なりの答えが出たのか、悪魔は腕の中に眠る赤子へと手を伸ばす。


「あなたを助けろ、それはつまりこれからあなたに訪れる災いを払いのけることだと判断します、その瞳はきっと邪魔になりましょう」


悪魔の伸ばす手は赤子の瞳へと向かう。


そのまま瞼に触れる。


「魔眼、です。あなたの人生には母君の命が賭けられた、精々足掻いてください、さて、そろそろ着きますよ」



気づけば鬱蒼とした森を抜け、幾つもの山々を超え、一つの大きな屋敷の前に立っていた。

藍色の屋根に灰色の壁。重厚な門を構える正面の入り口の両側には鹿の石像が立つ。

侵入者を見つめるその石像に若干の既視感を覚えつつ、悪魔は赤子を腕から下ろす。


「ここならきっと無事に育つことでしょう。ええ、契約は遂行しますよ、契約者殿」


屋敷の主人はアヴィゲイル伯爵。


ゼルネアン家当主の妹が嫁いだその家に、ゼルネアン辺境伯家が襲撃を受けた知らせが届くまで、もうすこし。



ーーー



「我が君よ、何か面白いことでも?」


黒いモヤのようなものが、どこからともなく声を発する。


「ええ」


黒いモヤに答えたのは銀髪の悪魔。

赤子を抱いていた感覚を思い出したのか、自らの手を見つめる。

その手に抱いていたものが、世界を揺るがす予感に心を震わせる。


「それはそれは、地上へと赴いた甲斐がありましたな」


主人が上機嫌であるためか、黒いモヤも激しく形を変えながら答える。


「契約は遂行しますよ」


ふと、思い出したかのように、手のひらに青色の光を浮かべ、そう呟く悪魔。

口角を上げた悪魔に、黒いモヤは再び問いかける。


「あのエルフの肉はいかがなさいましょうか、キメラの材料に?それとも――」


「あれには触るな」


その声色に黒いモヤは後悔する。

自分がなにか主人の機嫌を損なってしまったのだと考える。


悪魔の中でも温厚なはずの主人の顔、ひどく整ったその顔が、モヤを睨みつけていた。


「他の者にも伝えなさい、あれに触った者は私が自ら消滅させます」


飾ることを知らない彼の言葉はつまり、そのままの意味。

次の過ちは許されないことを悟ったモヤは静かにその場を去る。


また少し静かになったことを感じた悪魔は呟く。


「いつか時が来たら、返してくださいね」


その瞳は一つしか残っていなかった。

お読みいただき、ありがとうございます。本日より投稿開始です。

第一章はほとんど書き終わっております。

全体の大筋も作り終えていますので、のんびり付き合っていただけると幸いです。

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