へたれ
「ツヨシ、小学五年生にもなって泣くんじゃない」
白髪頭で口の悪い院長はツヨシの腕に注射をうちながら言った。
「ううう・・ヒック」
それでも泣く事を止めないツヨシをヨウイチが元気づける。
「大丈夫だ、すぐに終わるから」
案じたハナはツヨシの手を握った。
インフルエンザの予防接種を終えた三人はペンキのはげ落ちた病院のドアを開けた。
本来なら親と一緒に接種を受けに来るのだろうが、店を留守にする事が出来ないのを分かっているから自分たちだけで病院に来ていたのだ。
八百屋の一人娘のハナ。
酒屋の長男のヨウイチ。
乾物屋の長男のツヨシ。
同じ商店街で家は目と鼻の先、歳も同じだから年がら年中、金魚のフンのように一緒だ。
病院から出て来た三人は上級生である六年生の二人組に出くわしてしまった。
彼らは涙目で鼻をすするツヨシに気付くと茶化した。
「泣いてたのか、ヘタレのツヨシ」
「ヘタレ、ヘタレ」
茶化されたツヨシはまた涙を流す。
「やめなさいよ」
「そうだ、ツヨシをいじめるな」
笑いながら遠ざかって行く二人の背中にハナがアカンベェをしながら言う。
「気にしちゃだめ」
「でも僕、ヘタレだから・・」
両親がツヨシと名付けたのに彼はクラスで一番身長が低く気弱な、ヘタレであった。
「大丈夫、大人になったら背もでっかくなるさ」
「そうかな・・」
「大丈夫よ、きっと強くなるから」
そして二十年後。
「兄ちゃん、相変わらず非力だな~」
配達の為にトラックに乾物を積み込んでるツヨシを見て、口さがない客が言った。
はす向かいの酒屋で店番をしていたヨウイチが心の中で舌打ちする。
余計な事を言うなよ、クソじじい
その時だった。
「それ以上言ったら、ただじゃおかないよ」
ハナが手に塩を持って仁王立ちしていた。
「ハナちゃん、僕は大丈夫だから塩をしまって」
「だって・・」
「すみません、お客さん」
客は肩をいからせて行ってしまった。
「くやしくないの、ツヨシちゃん」
「もう慣れたよ、でもありがとう。ハナちゃん」
ツヨシは寂しそうに笑うとトラックに乗り込んだ。
そして三十分後。
配達からの帰り道、商店街の入り口で・・ツヨシのトラックは信号無視してきた大型車と事故を起こしたのだった。
救急車がサイレンを鳴らし到着しストレッチャーに乗せられたツヨシが運び込まれる。
「ツヨシ、大丈夫か?」
「ツヨシちゃん」
顔色を変えて駆け付けたハナとヨウイチが一緒に乗り込んだ。
見ると、ツヨシの腰のあたりから血が流れていた。
ハナは思わず顔をそむけた。
「大丈夫だ、ツヨシ。すぐに病院に着くから」
「そうよ、大丈夫だから」
「・・・・ヨウイチ」
「なんだ?」
「今まで、ありがとう」
「何を言うんだ。縁起でもない」
「いつも助けてくれて、うれしかった」
「・・ツヨシ」
「ハナちゃん・・」
「何?」
「今だから言うけど・・ずっと好きで・・」
ツヨシは目を閉じ、その言葉は途切れた。
「ツヨシ、目を開けろ」
「ツヨシちゃん」
二人は救急隊員に懇願した。
「お願いだ。ツヨシを助けてくれ」
「助けて」
そんな彼らに隊員は言った。
「血は出ているが、それほど傷は深くない」
「へ?」
「え? でも・・」
「気絶したんだね」
ツヨシはヘタレであった。
半年後。
「アンタ、八百屋のくせに声が小さいね。もっと威勢よく呼び込みしないと」
「すみません」ツヨシは常連客に頭を下げた。
そのツヨシの声の三倍はでかい声でハナが言う。
「ちょっと、おばちゃん。ウチの亭主をいじめないで」
「ハイ、ハイ」
仲睦まじく八百屋の店先で働く二人をヨウイチは目を細めてみていたが、ふいに込み上げるものがあって顔をそむけた。
言葉に出すこともなく終わった恋・・ハナに対する想い。
長男で酒屋の跡取りだから八百屋の一人娘のハナと結ばれる事はない、そう思い最初から諦めてしまった恋。
だがハナが結婚したのは乾物屋の長男のツヨシ。
今、乾物屋はツヨシの妹が継いでいる。
想いを言葉にしていれば何か変わっていたのだろうか・・そう思いながらヨウイチは呟いた。
「結局、一番ヘタレなのは俺なんだよな」




