王女ナンジェミンが素晴らしい軍団を讃えようとしてやらかした話
初投稿です。主人公の名前見た時点で色々わかる人にはわかる話だと思います。
わたくしはナンジェミン。
母を亡くし、後ろ盾の弱い王女だ。側妃であった母の実家は健在だが、国境に近く、遠く離れているため目が行き届くとはいいがたい。季節ごとの挨拶や贈り物はあるが、有力な家出身の王妃や彼女の子供たちの権勢には及ぶべくもない。
虐待されてはいないが、もてはやされてもいない。
そんなぼんやりとした立場の姫だった。
この国は北方にある。土地は豊かとはいいがたく、自然は厳しい。
前世で言う『お中世ヨーロッパ恋愛ロマンス』な世界より前、ヴィンランドな伝説感のある文化レベルだと思う。
そう、前世。前世だ。細かいことは覚えていないが、日本という国で商会で働き余暇を楽しむごく普通の人間だった。
どうせ転生するならチートスキルがあるファンタジー世界や、中世なのに水洗トイレがある乙女ゲーム世界が良かった。
剣はあるけど魔法はない。オラこんな国嫌だ。ド田舎を嫌って東京に行きたいという前世のヒットソングを思い出す。あの歌だって自動車は走っているのだからここよりよっぽど都会だ。発明チートができるような記憶はないのに、こんなことだけ覚えているのかとため息をついた。
そんなある日、城で宴が開かれることになった。
夜会や舞踏会ではなく、宴だ。なにせヴィンランドな伝説レベルの世界なので。
我々に恵みを与えてくれる海を荒らす魔獣を軍が討伐したのだ。勇士たちを讃え、魔獣は調理され、美酒が振る舞われる。
みなが「美味し酒よ」「すばらしい」と口々に讃えるが、ぶっちゃけあんまりおいしくない葡萄酒と蜂蜜酒だ。桃味のサワー飲みたい。北国でキンキンに冷えてることだけが救いだ。
「さすがはわれらの青竜軍よ」
「三番隊のエイリク殿は……」
「あの時、五番隊のステン殿がいなければ……」
「ヴァルハラに迎えられること間違いなしの勇士揃いぞ」
討伐の様子を語るざわめきが耳に入る。
青竜軍か……、ナゴヤドームで野球見ながらキンキンに冷えたハイボールと鳥の腿焼き食べたいな……。
死後の天の国の美酒と美食なんて、前世の食べ放題の焼き肉屋で飲み放題オプション付けたほうがレベル高いと思う。ヴァルハラよりすた〇な太郎。ヴァルハラよりしゃ〇葉。
おかげで王妃たちが自分だけ贅沢な食事をして勝ち誇ったように見てきても「ああ、この程度で最高においしいと思ってるんだ、知らないって幸せだな」と思ってしまって悔しく感じない。
宝石のようにフルーツが輝くデパ地下のケーキや一粒一粒が芸術のような高級チョコレートを知っているせいで、干した木の実に蜂蜜つけた程度の物を「至高の甘露よのう」と見せつけられても「……そっか、良かったね」と生温かい笑顔になってしまうのは仕方がないと思う。
ささやかな嫌がらせが空振りして面白くない、と王妃が思っていることはわかっていた。だからだろう、突然無茶ぶりをしてきたのは。
「ナンジェミンよ、勇士たちを讃え何か余興の一つも見せるがいい」
私に歌舞音曲の類の教育は授けられていない。
軽く恥でもかけばいい、ということだろう。王妃と彼女の子供たちのクスクス笑いがすべてを物語っている。
まあ失敗してもショボいだけで、宴が台無しになるわけでもない。
「……では、つたないですが一曲歌わせていただきます」
立ち上がって歌いだす。
そう、名古屋の某素晴らしい球団の球団歌だ。戦う男たちを讃え、みなで盛り上がれる歌といえばこれしかない。
いいぞ、がんばれ青竜軍、燃えよ青竜軍。
どこか物悲しい昭和歌謡なメロディに、徐々に手拍子が起き始めた。
某素晴らしい球団の球団歌といえば、素晴らしい勇士を讃えるアレも忘れてはいけない。
「一番ニルスが先駆けて」
「二番ルーネは知恵を出し」
「三番エイリク槍を振り」
「四番スヴェンは海を裂く」
各隊で活躍した勇士のエピソードを盛り込んだ替え歌パートに、名を挙げられた者たちは顔を紅潮させ、立ち上がり、周囲の喝采を浴びる。
そうだ、がんばれ青竜軍、燃えよ青竜軍。
「五番ステンは盾を持ち」
「六番マッツが喉を裂き」
「七番アルビン傷癒し」
「八番ロルフがとどめ刺す」
名を呼ばれ、男泣きする者もいた。
覚えやすい繰り返しのメロディにみなが声を合わせだす。
手拍子と喝采は最高潮に達し、肩を組み、こぶしを突き上げ、足を踏み鳴らす。高揚とともに「がんばれ青竜軍」の大合唱が繰り広げられる。
宴はかつてない盛り上がりを見せたのだった。
やっちまった。
あの時歌いながら「八番隊までしかないのが惜しいなー、九人いないと試合できないじゃん」なんてのんきに思っていたのだが、周囲はそうではなかった。
「がんばれ青竜軍」が刺さりまくってしまったのだ。
私にとっては懐古調の昭和歌謡な球団歌は、この時代からすればはるかに洗練された刺激的な曲だったのである。
洗濯物を運ぶ下女の鼻歌が、城下で歌う詩人のサーガが、声の良い美男が女性にささやくのが、軍の男たちの乾杯とともに歌われるのが。
全て「がんばれ青竜軍」になってしまったのだ。
なんてことだろう、ここは名古屋か。味噌もひつまぶしもないくせに、素晴らしい団歌だけは響いている。
「がんばれ青竜軍」はとうとう勇士たちの熱望で正式に軍の団歌として制定され、替え歌パートに入れてもらえることが誉れと化した。
替え歌パートに歌われる勇士には縁談が殺到し、生まれた子供たちに妻は「お父様はがんばれ青竜軍に歌われるほどの勇士なのよ」と誇らしく語り聞かせた。
どうしてこうなった。
思わぬ事態に頭を抱えたが、歌の評判が広まり私にも縁談が来た。
隣の隣の国の王弟で、交易で栄える豊かな港町の領主だという。
港町ということは食生活は向上しそうだ、と考えてありがたくお話を受けることにした。
この時の私は、嫁入り先で熱き星たちが待ち構えていることをまだ知らない──。
急に思いついてしまって書き殴りました。
一応ネタが被ってないか「ナンジェミン」で検索しましたがいませんでした。被ってたらすみません。




