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SF短編集  作者: OverWhelmed
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あるいはユートピア

「おはよう、カイト!今日の目覚めはどう? 10点満点中、12点くらいかな?」

頭の中に直接響く、やけに陽気な声。それはカイトがこの世界にきてから定期的に連絡を寄越してくる隣人の声だった。

カイトが目を開けると、そこには計算し尽くされた黄金色の朝日が差し込み、室温は彼の皮膚が「最も心地よい」と感じる24.05度を完璧に維持している。

窓の外では、幼馴染のエマが庭の草むしりをしている。彼女が手にしているのは、一見するとただの雑草だが、この世界の「エコ活動」の文脈では、二酸化炭素吸収効率を最大化するために遺伝子調整された「高度な炭素固定デバイス」だ。

「……なあ、神様。今日も『地球のために』一生懸命メンテナンスが続いてるね」

カイトが虚空に向かって話しかけると、空間がボヨヨンと弾けるような音を立て、一人の男が現れた。アロハシャツにサングラス、手にはホログラムのカクテル。この「地球動物園」の最高責任者であり、ポストヒューマンの成れの果て――自称「神様」である。

「おっ、気づいちゃった? そうそう、あのアクティビティね。人間ってのはさ、『自分たちが永続的に生存するために、地球っていう道具を使いやすい形にメンテナンスする行動』に、『エコ』っていうキラキラした名前をつけないと精神が安定しないだろ? 僕はただ、その『善』を最高に気持ちよく実行できる環境を整えてあげてるだけなのさ。神様って、サービス業だからね」


神様はカイトのベッドの端に腰掛け、サングラスをずらした。その瞳の奥には、数億の並列演算が渦巻く情報の銀河が見えた。

「カイト、君は賢いよ。意識と体が別物だってことに気づいてる。いいかい、眠っている体には意識がないし、死体にも意識はない。つまり、意識ってのは物質的な現象じゃなくて、特定の情報処理のプロセスなんだ」

神様は指をパチンと鳴らした。すると、周囲の壁が消え、宇宙の深淵にカイトの意識だけが放り出される。だが、恐怖はない。むしろ全能感に近い心地よさだ。

「僕たちポストヒューマンは、意識を体から分離して、科学可能な『情報』として扱う技術を確立した。君の精神は今、ナノからマクロレベルの物理現象にエンコードされて、この空間そのものに溶け込んでる。いわば、地球全体が君の脳みそみたいなもんさ」

「それが……僕たちが『管理されている』理由か?」

「管理って言うと角が立つなぁ。僕としては『最高級の隔離室』を提供してるつもりだよ」と、神様はニヤリと笑った。「人間(旧人類)ってのは、欲望と意識が癒着してるだろ? 欲望を無くすと意識も消えちゃう。でも欲望を放置すると、すぐ物質的な支配欲に駆られて他人を殴り始める。だから、君たちを『それぞれ隔絶された世界』に繋いで、一人一人が独立した宇宙の主人公になれるようにしたんだ。これぞ究極のユートピア、誰も傷つかない1人1宇宙ワンマン・ユニバースってわけ!」


「ところでさ」カイトは浮遊している神様に尋ねた。「僕をこの世界に転生させなくても、僕みたいな意識を作ってしまえば良かったんじゃないの」

神様は途端に真面目な顔(といっても、漫画のようなデフォルメされた表情だが)になった。

「あー、それはNG。超ブラックな倫理違反。意識の自然発生すら厳密に管理されているんだよね。無責任に新しい意識を生み出すなんて、今の僕らの倫理観じゃ『最大級の罪』なんだよ。だってさ、初期状態が未熟な精神を、苦痛や不条理がある世界に放り出すなんて残酷だろ? どんな形でも『完璧な初期状態』を用意できないなら、作っちゃダメ。これ、今の宇宙の常識ね」

カイトは納得した。かつて「人権」と呼ばれていたものは、今や「意識が感じる主体世界の不可侵性」へと進化していたのだ。

「だから君たち旧人類は、この動物園に『転生』し『保存』されてるんだ。天球の住人(僕ら)からすれば、君たちは奇妙な敬意の対象なんだよ。欲望を抱えたまま、この物質世界で必死に生きていた頃の『ノスタルジー』を体現する、生きた情報の化石なんだから」


「さて、講釈はここまで!」神様は再び陽気なトーンに戻り、カイトの肩を叩いた(物理的な接触ではないが、脳には完璧な感触が送られる)。

「カイト、君はこの世界のタネ明かしを知っちゃった。絶望して引きこもるのも自由だけど、せっかくの『神様特製・フルコース』を無駄にするのはもったいなくない? この世界は、君の意識を満足させるために、空間ごとエンコードされた超豪華なゲームなんだよ」

カイトは深呼吸をした。肺に入る空気の匂い、エマの呼ぶ声、遠くに見える青い海。それらすべてが、自分という精神を維持するための「道具」であり「恩恵」だ。

「……わかったよ。神様。どうせ動物園のパンダなら、世界一贅沢で、世界一わがままなパンダになってやる」

「その意気だよ、カイト! 転生アニメの主人公だって、神様からチート能力をもらったら、まずはハーレム作ったり美味いもん食べたりするだろ? 君には『この世界そのもの』というチートが与えられてるんだ」

カイトは地上へ戻った。

エマが駆け寄ってくる。彼女の肌の温もり、少しだけ乱れた髪。それがポストヒューマンの計算によるものだとしても、カイトの意識が「愛おしい」と判定するなら、それはこの宇宙で唯一の、絶対的な恩恵だ。

「エマ、今日のエコ活動は休みにしよう。管理者が『バグ』を見逃してくれる間に、ちょっと物理法則を無視したデートに行かないか?」

「えっ、カイト、何言ってるの?」

「いいから。神様が『観客を楽しませろ』って言ってるんだ」

カイトが空に向かってウィンクすると、雲が形を変えて「Have Fun!」という文字を描いた。

神様が見守ってくれる異世界

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