第八話 帰着
500mlの封水を店主に手渡す。
「ペットボトルって…...ほんとに?」
「なんだよ、文句があるならもう取りに行かないよ!」
「いや、ないよ。次からちゃんと容器も渡すようにするよ。とにかく、二人ともありがとうね」
とりあえず役に立てたことに安堵した。私ひとりじゃなかったから達成できた。と、巻き込まれたも同然だったことを忘れて異端な経験を噛みしめていた。
「その封水ってなんかに使うんですか?」
「んー直接使う訳じゃないけど、これがあると変なやつらが近寄りにくくなるから置いてあるだけ。また木霊みたいのに来店されても困るしね」
フィルターのような、結界の役割をしてるらしい。傍から見ればただの水なので言われても分からない……見た目も相まって。
「しかし、逆にこの見た目じゃ気付かずに誰かが飲みかねないな……狐避けに店の前に置いとくか」
「それを言うなら猫避けだろ……あと私にそんな小賢しいことは効かないよ!」
「ちなみに飲んでも大丈夫なんですか?」
「試しにちょっと飲んでみる?」
「あ、遠慮します……」
笑い声。もはや日常になっていることにすら気が付かないほどに心地いい。
「でも、前に誰か飲んでなかったっけ?」
「アキちゃんかな、酔った勢いで飲んじゃってた」
「あったなー、懐かし」
「……アキちゃん?」
明らかに人間の名前に反応する。そういえば通い始めの頃、「人間は久しぶり」と空狐が言ってた気がする。
「あれ、瑞樹に話してなかったっけ? 昔……つっても50年くらい、もっと前かな? 酒居目に来てた人間だよ」
「50年じゃだいぶ前ですね……」
「そういうもんかね、私らにとっちゃすぐだよねー大将」
「えーっとなんだっけ、人間世界の……昭和?」
「それ2つ前の元号っすね、今は令和」
「れいわ……空狐知ってた?」
「私は出入りしてる方だから知ってたよ」
「えー俺だけ?」
何気ない会話、相手が人間じゃないことすら忘れている。
「そういえば人間世界で空狐さん見かけたことないな……いつもどこにいるんすか?」
「私、瑞樹と会ったことあるよ。なんなら喋ってる」
「え?」
「そっかあ、化けてたからわかんないか。まだ酒居目で会う前だし」
酒居目に来る前に会ってた……というか喋ってたのか。ということは結構知らないうちに妖怪と会ってるのではないか?そう思うと疑心暗鬼になりそうだ。
「人間に話しかけられて嬉しかったんだよね。今でも覚えてる、『観光客ですかー?』って。そんなにぎこちなかった?」
「え、ほんとに覚えてない……」
「空狐も人間側にあんまり入り浸るなよ」
「わーってるよ」
空狐は手元のお茶をぐいと一気に飲み干した。