表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/11

第七話 おつかい

「瑞樹、ちょっと頼まれてくんない?」


 店主に呼ばれて私は顔を上げる。


「あ、ていうかこの後用事とかない?」

「特にないっすけど、何ですか?」

「空狐が一人じゃつまんない〜とか言うからさ、一緒におつかいに行ってほしくて」


 おつかい……店の買い物だとしても客がやっていいもんなのか? 

 不思議に思う私の顔を見て店主は「大丈夫だよ、多分」と心もとない返事をする。彼が正直者だということは今までの付き合いでわかってきたが、それ故に「多分」が引っかかって困る。


「そろそろ空狐が来ると思うんだけど……あ、噂をすれば」

「見つけたかー? 私の相棒!」


 相変わらず天真爛漫な彼女はいつもの席――私の左隣に座る。店主が私を指差してるのを見て、私もぎこちなく笑う。


「……ん? 瑞樹を連れてくの?」

「私じゃ力不足ですかね……」

「いやいや、もちろん大歓迎だけどさ。逆に連れてっていいの?」

「別に害はないと思うけどな〜。川渡るだけだし」


 普段はノリとテンションで行動する空狐が困惑してる。そんなのを見て余計に不安になる私を他所に、店主は手をひらひらさせている。


「ま、あんたが良いならいいや。早速行こ、瑞樹!」


 空狐は私の手を引っ張って暖簾へ向かう……


「あれ、この暖簾って木霊の時の……」

「じゃあ瑞樹、初めての妖怪の世界楽しんできてね〜」


 騙された。そもそも私は〈おつかい〉としか聞かされてないので何をするのかも知らないのに。

 でもまさか妖怪側(あっち)の世界に行くとは思ってなかった。


「ちょっと待って……」


 そう言った私の身体は既に暖簾をくぐり抜けていた。足元の感触が一瞬消え、目の前には見慣れない闇夜が広がっていた。


「いらっしゃい瑞樹、ようこそ妖怪の世界へ〜! なんて」

「ほんとに妖怪の世界があったのか…...」

「無かったら私たちはなんだよ。まあ、そりゃ驚くのも無理ないか」


 そう、無理もない。というか、相変わらず私は異常事態への適応が早いらしい。眼の前に流れる川は闇夜に紛れて色がわからないが、それ以前に微かにうめき声が聞こえるという状況で、この通り平常心でいられているのだ。


「この川は〝夜哭川(やこくがわ)〟って名前でね、ちょうど店の裏ともつながってるんだ」

「たしかにちょっと、音が泣き声に聞こえるかも......」

「ここに流れ着くのは妖怪に食われた人間の未練だよ」

「ガチの泣き声じゃないっすか!!」


 水面をよく見ると白い影が漂って見える。手のような形をした何かがこちらに伸びてくるが、すぐに空狐の足がそれを制した。


「近づくとこんなんじゃ済まないから橋を渡ろっか」


 その橋は木造で、何年前に作られたのかと思うほど古びている。踏み込むとギシと鈍い音が鳴り響く。

 橋の真ん中あたりまで来て、急に足が重くなった。足元には橋板の隙間から延びた青白い手が、がっちりと私の足首をつかんでいる。


「うわっ......!」

「おっと」


 空狐が素早く振り返り、尻尾で手を振り払う。


「橋の上でも油断しちゃだめだよ。こいつら特に人間好きだから」

「もっと早く言ってよ…...」

「生きてる人間が羨ましいんだよ。私も」


 必死で橋を渡り切った先には、ひっそりとした小さな祠があり、苔むした石の手水鉢が据えられている。


「はい、ここで封水を汲むのが今回のおつかいです!」

「そういえばこれ、おつかいだったな」

「あ、入れ物......これでいいや、さっき飲み切ったやつ」

「ペットボトルってマジで言ってんの?」

「洗えば問題ないって!多分......」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ