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第四話 木霊の断罪

 今夜も提灯が灯る。

 暖簾をくぐるとすぐに異変に気が付いた。店主の表情がかたい。


「……どうしたんすか?」

「ああ瑞樹、いらっしゃい。ちょっと、厄介な客が来ていてな」


 見ると一番奥の席に、黒い着物を着た若い女が座っている。真っ白な肌に長い黒髪、優雅に酒を飲む姿が印象的だが、指が枝のように細く長い。と、観察していると目が合った。女は薄く笑う。


「そっちの子、最近よく来てるみたいだけど。店主さんのお気に入り?」


朝露のような声に思わず聴き入る。


「瑞樹。ちょっとこっち来て」


私ははっとして、手招きする店主の隣に小走りで向かった。


「彼女は木霊(こだま)っていって、本来木に宿る精霊みたいなやつだ。でもあいつは〝魂縫(たまぬ)い〟の禁忌を犯した」

「魂縫い?」

「妖怪は自身が消滅するとき、その存在を他者に「託す」ことがある。魂縫っていうのは、他の妖怪の魂を無理やり取り込んで己を延命する、禁断の術法――要するに殺人だ」


 私は、淡々と話す店主の話を驚くほど冷静に聞いていた。木霊は静かに猪口を置くと、先ほどの優雅さは消え、鋭く睨みつけながらわなわなと無様に震え出した。


「鬼童丸、あなたが言ったのよ、「妖怪も誰かに忘れられたら終いだ」って。霞むのよ。今時妖怪なんて恐れる人間はいない。体が霞むの。だから食べたのよ、ほかの木霊だってすぐに消えてしまうから。消えたくないから」


 仲間の木霊を食らい生き延びたのだろう。そしてそれが露見し、境目にある此処へ逃げて来たのだ。

 夜は静かだった。雨の気配すらないのに、屋台の周囲だけが妙に冷えている。


 木霊はゆっくりと立ち上がると、屋台の木の柱にそっと手をかける。


「懐かしい。ここ、変わってないわね。前に来たの、百年くらい前だったかしら。あなたならわかるでしょう? 昔と変わらない目をしてる。」


 店主は微動だにしなかった。ただ、低い声で言う。


「ここは、交わりを許す場所だ。罪をなかったことにする場所じゃない」

「罪を? それをあなたが言うの? 人の肉を喰らい、山を赤く染めた鬼童丸が」


 木霊はぐるりと首をひねり、嘲るように笑いかけてくる。私は恐る恐る店主を見るが、その眼に一切の動揺はなかった。店主は吐き出すように言った。


「そうだよ」

「なのに、なんで今は〝裁く側〟にいるの、あんたが誰かを裁ける立場だと思うの?」


 感情のままに喋る木霊と相反して、店主は冷たく言い放つ。


「俺も裁かれたよ。でも死ねなかった、それすら許されなかった。だからここで、贖罪として境目に生きてる」


 木霊はしばらく沈黙したあと、皮肉な笑みを浮かべる。


「それで番人のつもり? 人間にも、妖怪にも、親にすらも……誰からも居場所をもらえなかったくせに」

「俺の役目は繋ぐことだ。赦されるまで今を生きる奴らに居場所を与え続ける。木霊、お前はその罪が赦されたらまた来るといい。」

「そう、それでいいのね? 鬼童丸」


屋台の提灯が、風もないのに揺れて背後から鋭い冷気が走った。気づけば私は後ろから抱きすくめられ、爪のように尖った指先が喉元を撫でている。


「ねえ、この子……気に入ってるんでしょう? なら、ちょっとだけ、貸して」


 耳元で囁く声。だがそれ以上に、指先に滲む“喰らう”意志が肌を伝った。体は硬直して、瞬きすらできない。


 ――その時だった。


 屋台の木が軋む音がした。風もないのに提灯が震え、空気がぐらりと歪む。目をやれば、店主の大きな瞳が真っ直ぐこちらを射抜いていた。

 その双眸は、夜の底に棲み獲物を捕える獣のような鋭さだ。どくり、と空気が鳴った気がした。


「その手を、放せ」


 たったそれだけ。だが店主の背後に、血の匂いが滲んだ。幾百の骸を踏んできた鬼の気配に、木霊の身体はぴしりと硬直した。急に離され、空気が肺に流れ込んできて思わず咳き込む。


「……ああ。やっぱり、あんたはまだ〝あの頃〟を飼っている」


 彼女の声は、情欲的に震えていた。

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