第5話:元パーティー来訪!?勇者様、女将に土下座ってマジですか!?
その日、迷宮の宿ロゼットに三人の宿泊客が現れた。
その顔を見た瞬間、私は思わずフロントの手を止めてしまった。
「……嘘、でしょ」
黄金の鎧をまとい、爽やかすぎる笑みを浮かべる男。
腰に二本の細剣を下げた女剣士。
大きな杖を抱え、目を伏せる神官服の少女。
かつて私が命を賭して守った、勇者レイアスとそのパーティーだった。
「おう、こんにちは! えっと、ここが話題の迷宮ホテルってところ?」
レイアスが、軽い調子で笑いかけてくる。
私は胸の奥で何かが引きちぎられるような感覚を抱きながら、表情を保った。
「ようこそ、迷宮の宿ロゼットへ。オーナーのエリシアです」
「エリ……!? ……って、お前……!」
剣士フィオナが目を見開いた。
神官のミュリエルが、口元を覆って震える。
「久しぶりね。……お客様のご予約は?」
「え、いや、特にないんだけどさ……急だったし……」
「承知しました。空室はあります。お三方、個室でよろしいですか?」
「お、おいエリシア、ちょっと待──」
「……では、館内をご案内します」
私はそれ以上、何も言わせずに微笑みながらフロントを離れた。
案内の途中、レイアスがついに声を上げた。
「なあ……お前が、ここのオーナーなのか?」
「ええ。ひとりで経営しています」
「まさか……あのとき、あんなふうに追い出したのに……」
「“あんなふう”?」
思わず、口調に棘が混じった。
「“君の役目は終わった。盾なんてもう必要ない”って言ったのは、あなたよ。私をパーティーから外して、王都からも追い出した」
「それは……」
レイアスは唇を噛みしめた。
「エリシア……本当にすまなかった」
そして彼は、膝をつき、頭を下げた。
「……お前がいなくなってから、パーティーは散々だった。誰も守ってくれなくて、連携もうまくいかない。何度も死にかけた。やっと気づいたんだ。お前の存在が、どれほど大きかったか……」
「気づくのが、遅すぎたわね」
私は静かにそう返した。
夕食時。
食堂にいたスタッフのポポとスライムのピロが、こそこそと噂していた。
「女将さん、元カレ来たって感じ?」
「ドゲザってすごい人間の文化だねぇ」
「うるさい。仕事しなさい」
その夜、レイアスたちは宿のダンジョンアトラクション「戦術再構成ルート」に挑んだ。
かつての勇者パーティーの戦いを模した迷宮。
動きの再現AIにより、彼らの過去の連携ミスが次々と浮き彫りになる。
「……俺たちって、こんなにバラバラだったのか……」
「盾のいない戦い、こんなに脆いなんて……」
剣士フィオナが呟いた。
「そして私たちは、それを“彼女がいて当然”だと思っていたのです……」
神官ミュリエルが、祈るように呟いた。
夜、ロビーのソファでレイアスが私に声をかけてきた。
「なあ、エリシア……今からでも、戻ってきてくれないか?」
「その話は、聞かないって決めてる」
「なぜだよ……!」
「……この宿で、私は初めて“誰かを守る”以外のことを手に入れたの」
私は窓の向こうの夜空を見ながら言った。
「ここでは、誰かを導ける。癒せる。楽しませられる。……私にとって、それが新しい盾なのよ」
レイアスはしばらく何も言わなかった。
そして、力なく笑った。
「……強くなったな、お前は」
「ずっと強かったのよ。あなたたちが、気づかなかっただけ」
翌朝。
レイアスたちは宿を発った。
「これ、よかったら使ってくれ。王都のギルド推薦状だ。お前の宿が王都でも知られるように」
「……ありがとう」
「また、来るよ。今度は、客としてな」
そう言って去る彼の背に、私は静かに頭を下げた。
彼らが去った後、ポポがぽてっとやってきた。
「ねえねえ、女将さん。元カレに勝った気分ってどう?」
「……勝ってないよ。私はただ、自分の道を選んだだけ」
「そっかあ。でも、かっこよかった!」
私は苦笑しながら、フロントの帳簿を開いた。
まだまだ、宿は忙しくなる。