第1話:追放された盾は、辺境でダンジョンホテルを作る
私の名はエリシア・ロゼット。
元・勇者パーティーの盾役──だった。
「君の役目は、もう終わったでしょ? さよなら、盾さん」
その言葉を最後に、私はパーティーを追い出された。
十年。勇者レイアスと共に旅をし、魔王討伐の戦いまで支えてきたのに。
敵の攻撃を一身に引き受け、仲間の命を何度も救った。
けれど、魔王を倒してしまえば、“盾”なんてただの壁。
私はパーティーから、「用済み」と烙印を押された。
──魔王討伐から三ヶ月後。
所持金は底を尽き、行くあてもなく、私は辺境の山を歩いていた。
吹きすさぶ風、腐葉土の匂い、腹の虫の声だけが、私の味方だった。
「……死んだ方がマシ、なんて、思いたくないんだけどな」
呟いたその時だった。
地面に何か、光るものが埋まっているのに気づいた。
泥と苔を払うと、そこには紫水晶のような不思議な石があった。
「これは……“迷宮核”……?」
見たことがあった。魔王城に設置されていた、ダンジョン生成の心臓部。
通常、王国が厳重に管理する代物。それがこんな辺境に?
「はめ込む……? いや、使えるの……?」
直感で、私は周囲を見渡した。
古びた廃屋がぽつんとあった。おそらく狩猟小屋の残骸。
私はダンジョン核を、そこへと埋めた。
──その瞬間、私の脳裏に広がる設計図。
構造、配置、空間の歪みと罠の仕掛け。
まるで自分の体のように理解できた。
「……これ、私に向いてるかも」
私は気づいた。
魔王城の複雑な構造を一晩で把握できた記憶力。
味方の避難ルートを即座に設計できた空間把握能力。
それらは“盾役”以上に、“設計者”としての資質だったのだ。
「ダンジョンで、宿……? いや、“ホテル”にすれば……」
思いついたら止まらない。
壁を修復し、廃材を並べ、間取りを決め、温泉の魔石を埋め込み、簡易キッチンを配置。
──三日三晩、寝ずに作業した。
気がつけば、辺境の山奥に、一軒の立派な“ダンジョン付きホテル”が完成していた。
「いらっしゃいませ。ようこそ、“迷宮の宿 ロゼット”へ」
記念すべき、最初の客は──
ゴブリンだった。
「グルルル……」
「はいはい、そちらの獣人専用個室ですね。お食事はミート系をご希望ですか?」
「グァア」
「かしこまりました」
翻訳魔石を使い、接客。
おそるおそるだったが、満足そうにダンジョンへと向かうゴブリンを見送り、私は小さく笑った。
ダンジョンは危険なモンスターもいない。
訓練用の簡易モンスター(模造体)を配置し、宝箱にはクーポン券や温泉入浴券。
ちょっとした謎解き迷路で、日常にスパイスを──それがこの宿の売りだ。
「……ふふ。なんだか、楽しくなってきたかも」
私にはもう、勇者パーティーはいない。
けれど、盾の役目を終えて、ようやく“自分の物語”を始められた気がした。
その夜、満天の星空の下。
私はテラス席で一杯のハーブティーを飲みながら、考える。
「……勇者様たち、今頃どうしてるのかな」
少しだけ、心に棘が刺さる。
裏切られたことは、今でも痛い。
けれど、それに縛られていたら、前には進めない。
「この宿がいつか、“あの人たち”の目に留まる日が来たら──」
ざまぁしてやりたい気持ちも、確かにある。
でも、それよりも。
私が、私自身の力で、ここまでやってきたこと。
それを胸を張って見せられるように、生きたいと思う。
だから私は、静かに立ち上がった。
「よし。明日のチェックインは、王都からの冒険者さんか。迎える準備しなきゃね」
今、私が守るのは、“仲間”じゃない。
“宿泊客”だ。
どんな攻撃からも守り、どんな期待にも応えたい。
それが──盾役エリシアから、“迷宮ホテルの女将”になった私の、新しい生き方だった。