黒豚
これは小説習作です。とある本を開き、ランダムに3ワード指差して、三題噺してみました。
随時更新して行きます。
【お断り】「喜び、童、他人」の三題噺です。
(以下、本文)
オレは小説家・兎平亀作。週刊連載の原稿がひと区切りついて、今、息抜きをしている所だ。
小説を書いていて楽しいと思った事は一度もないが、終わった後の息抜きは、いつでも楽しい。
この時にしか食べない取って置きのごほうび、そしてオレの生きる喜びは薩摩の黒豚。
これで一杯やれれば最高なんだが、アルコール分を入れちゃいけない体なのが怨めしい。
まあ、これも青春の傷跡ってヤツだ。我が青春に悔いなしだ。
さて、我が愛しの黒豚ちゃんに箸を付けようとした刹那、どおぉん、どおぉんと玄関ドアを叩く音がする。
またアイツか。まったく、いつも肝心な時にジャマをしやがる。
「兎平先生、私です。ドアを開けてくださいよ。」
早く行かなきゃドアが壊れる。
「分かった、分かった。まあ、入れよ。どうせロクな事を訊きに来たんじゃないだろ。」
入って来たのはトンマな迷警部、大岡金四郎。
「令状見せろ、見せない」のやり取りは、もうとっくの昔に省略した間柄だ。
座れとも言ってないのにドカッとソファに腰を降ろして大岡いわく、
「上の方から、また妙なネタを振られましてね。先生、一体どれだけ隠しネタがあるんですか。いくら小説家だからって、もうカンベンしてくださいよ。」
大岡のぼやきには、もっともな側面もある。
オレが警察から妙な嫌疑をかけられるようになったのは、あの小説で、ひと山あてたからだ。
最初の内は「頭は切れるが、ちょっと一癖ある」設定だった名探偵、遠山忠助が、編集者のヨイショを真に受けてワルノリしている内に見る間にキャラが濃くなって、とうとう大変な変態の世界に堕ちてしまったのだ。
話の本筋まで収拾がつかなくなり、「全部、こいつが犯人でした」と責任を押し付け、滝壺に落として殺したんだが、それがベストセラーになっちまったんだから、読者の考えている事は本当に分からない。
そして、それ以来だ。オレが猟奇犯罪の容疑者リストの常連になったのは。
「それで、オレは今度はナニをやった事になってるんだ?」
半ば好奇心、半ばイヤミで、オレは大岡に言ってやった。
「これですよ、これ。先生の家で、ここ数十年の内に、少なく見積もっても十人の男子児童が行方不明になっていると言うんです。」
と言いつつ、大岡がズラリと並べて見せたのはピンボケの人物写真だった。
ああ、あれね。
「おい、これネットで曝し済みのネタじゃないか。ヘンなもの持って来るなよ。」
ヘンなもの呼ばわりされて、さすがの大岡もムッとしたようだ。
「でも、それなりの裏付けが取れたから、こうやって動かざるを得なくなってるんです。先生が悪いんですよ。上の方には先生の事をツブしてやろうツブしてやろうと、虎視眈々と狙ってる人間がいくらでもいるんですから。」
まあ、警察の怨みを買うような事は散々やって来たからなあ。
オレのせいでキャリアを台無しにされたヤツもいるし。
「分かった、分かった。根も葉あるネタなんだと言う事は認めるよ。自業自得の流出なんだと言う事も認める。ちょっと待っていてくれ。ちゃんと説明責任は果たすから。」
山と積み上げた段ボール箱を小一時間も漁り回って、オレはようやく目当ての写真アルバムを掘り出した。
もちろん大岡にも手伝わせた。
「じゃあ、一枚目の写真から行こうか。これは十ニ歳の時のオレだよ。後ろにズラリと本が並んでるだろう? ドリトル先生だよ。それに服装も、おんなじだ。」
大岡が持って来たピンボケ写真の「オリジナル版」が、オレのアルバムに収まってるってワケだ。
顔付きは大きくちがうが、そんなのどうとでも修正できるだろ。
大岡はホッとした表情を見せた。
「いやぁ、先生、助かります。これで胸を張って堂々と、手ブラで署にもどる事ができますよ。」
こう言う事を邪心なく口にできるのが、コイツの怖い所なんだよな。
ダブル・スパイになるために生まれて来たような男だぜ、まったく。
「それじゃあ、サクサク行こうか。続いて後にひけしは、花も恥じらう中学一年、伏せてあるのは角川文庫、ジョルジュ・サンドの『愛の妖精』だあ。」
「ドリトル先生が、一年で愛の妖精っすか。甘酸っぱいすね。モロ春の目覚めっすね。」
「おい、拷問の積もりか。弁護士呼ぶぞ。」
「滅相もない。それで、その一年後の写真に映り込んでる、この文庫本はなんなんすか? いかにもなヘンクツ親父が、こっちをニラんでますけど。」
「ソルジェニーツィンの『収容所群島』だよ。聞いた事あるか?」
「旧ソ連ネタでしょ? そんなの、今どき公安ですら鼻も引っかけませんよ。それで、内容ちゃんと理解できたんすか? 中二病まっ盛りの十四歳が。」
「黙秘するね。」
「ああ、さいですか。だったら、後は私の方でチャチャっと、まとめちまいますから。」
コイツ、本当に三十分後には帰り支度を始めやがった。
「まあ、だいたい分かりました。でもね、一点だけ分からない事がありまして。」
大岡が、ちょっとズルそうな表情を浮かべて、オレに探りを入れて来た。
こう言うモードに入った時の大岡は、ちょっと怖い。
「先生がどうやってコドモ界から足を抜いてオトナになったのか、今ひとつ分からないんすよ。大事な輪っかが一つ抜けてるような、そんな気がします。先生、青春どこに埋めちゃったんすか?」
「軽々しく他人に言えるかよ。オレがなんで酒のめなくなったか、知らないワケないよな。」
気まずい沈黙を先に破ったのは大岡の方だった。
軽いヤツだが、目の前の仕事から逃げたりはしない。
コイツはやっぱり警部なんだ。
「先生、謝ります。ごめんなさい。
話は変わりますけど、この部屋、すごい事になってますね。
日曜大工にハマったと聞いてはいたけど。」
「話は変わるけど」じゃないだろ。コイツのツラの皮の厚さは、スイカ並みだな。
「何とでも言えよ。自分で使うだけなら、大抵の日用品はハンドメイドで十分なんだぜ。」
「さいですか。あっちの隅にあったクローゼットはツブしちまったんすか?
わざわざ真砂土で塞いてあるけど。」
「真砂土に見えるか?
ありゃなあ、兎平亀作特製の軽量コンクリート板なんだ。」
「えっ? そうは見えないなあ。自分、ちょっと感動してるっす。」
ミエミエのヨイショだけど、イヤミに感じさせない。これもコイツの怖いトコだ。
「そうだろ、そうだろ。とてもコンクリートには見えないだろ。
じゃあ、これなら、ドウダッ!」
オレは手近にあった旗竿で、コンクリート壁をガンガン叩きだした。
「先生、隣に響きますよ。」
「ばぁか、ここは角部屋だよ!」
余計にガンガン。
ヘンなスイッチが入っちまった。
誰かオレを止めてくれ。
その時だ。壁の向こうから、うなり声が聞こえて来た。
「助けてくれ」と言っているようにも、「この怨み、死んでも忘れん」と言っているようにも、「殺してやる」と言っているようにも聞こえた。
さすがのオレも手を止めた。大岡も一瞬、動きを止めた。
だが、大岡の次の動きは俊敏だった。
目ざとく見つけたバールを大きく振りかぶって、コンクリート壁を壊し始めたのだ。
「おい、ナニするんだ。令状も無しで、こんな事やって、タダで済むと思ってんのか?」
大岡は、こちらの方を振り向きもせず言い捨てた。
「先生、リクツなんて、どうとでも付きますよ。これでも警察官の端くれだ。シロウトに舐められるワケにはいかないんすよ。」
やがて崩れた壁の向こうから、うごめく死体のようなものが現れた。
ものすごい悪臭が充満したが、それが死体じゃないのは、すぐ明らかになった。
おかっぱ頭に稚児衣装。
赤く上気した頬は血と汗と泥でべっとりと汚れ、二本の角の下に爛々と光る、炎のように赤い目。
「ははあ、まさか鬼を埋めていたとはね。鬼は鬼でも酒呑童子を。」
大岡が冷たく言い放ち、茫然としているばかりのオレに手錠をはめた。
そう。私は成年に達する前から酒を嗜んでいたのである。
ところでオレ、一体ナニ罪で逮捕されたんだ?
なんか法律違反したか? オレ。




