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第2話 用件

 ソフィは手紙の内容をアルフォンスに伝える。

 「『城のお嬢さんを妻にいただきたい』と申し出があったけれど、お父様が怒って追い返した、と……」


(これは、もしかして……)

(もしかすると……)

 

 ソフィとアルフォンスは同じ可能性を思い付く。しかし、この場ではそれ以上議論しないことにした。

 

「詳しい話は後だ。いったん帰ろう」

「帰る?」

「城へ。お前の部屋を用意してある。おい、ファブリス」

 ファブリス、と、アルフォンスは僧侶の名を呼んだ。

「ドゥロー県へ向かう次の一行は?」

「明日の早朝です。巡礼騎士団の一行が出立します。彼らは足が速いので、三日後には目的地に到達するでしょう」

 僧侶はかしこまって答えた。

 

 東の大聖堂は国内を行き交う人々の経由地、移動の拠点になっている。

 手紙や荷物があればその方面へ向かう人々に託すことが一般的で、アルフォンスもそうすることを考えた。それに巡礼の騎士団であれば、託してまず間違いはないだろう。


 アルフォンスは帰りを急かすようにソフィの背中に手を回す。

「ソフィ、手紙の返事なら帰ってから書けばいい。手紙は早朝に間に合うよう、聖堂に届けさせる」

 アルフォンスが言うと、僧侶も応じた。

「では、お手紙を受け取るまでは出発を待つよう、引き留めておきましょう。」

「助かる」

 ソフィが口をはさむ間もなく、段取りは決められた。

 

「ところでアルフォンス殿下」

 歩き出した二人に向かって僧侶がうやうやしく頭を下げる。

「西側の鐘楼で修復が必要です。これでは王家の御威光を十分に示すことができません」

「わかった。何とかしよう」

 アルフォンスは苦笑する。

(便宜をはかるかわりの見返りという訳だな。抜け目のない奴……)


 

 ***

 

「私は今回、巡礼の一団と一緒に歩いて来たの。足の弱い人を守りながら来たから、いつもより日にちが余計にかかって、それで……」

「オデットの手紙の方が、先に大聖堂に到着したわけだ。お前を追い越して」

「多分、そういうことだと思う」

 

 居城へ向かう馬車の中にはアルフォンスとソフィ。隊列の前後を騎馬に守られながら進む。

 アルフォンスはそれを当然のようにしているが、ソフィはなんだか落ち着かない。

(私、ただの地方領主の娘なのに。この出迎えは、ちょっと大仰過ぎじゃない……)

 

「領地の方は変わりないか、ソフィ?」

「うまくいっていると思う」

(私がいなくてもね……)

と、ソフィは言外に付け加える。


「それで、今回の訪問は、どういう用向きで来たんだ?」

「領主夫妻がね、子の健やかな成長を願って、大聖堂に祈祷書を奉納したいというので、私が代わりに来たの。シリルが領地を留守にするわけにもいかないし、オデットは子供の側にいたいから動けないと言うし……」

 

 領主夫妻の名はシリルとオデットという。シリルはもともと領地の人間ではなかったが、二年前に領主家の次女であるオデットと結婚し、やがて領主になった。

 シリルとオデット夫妻の結婚の証人になったのがアルフォンス。国王の名代としての役割だった。

 ソフィとアルフォンスが出会ったのも夫妻の結婚の時で、アルフォンスはソフィをはじめ領主一家と面識があり、事情も知っている。


「家族は皆、達者で暮らしているのか?」

「ええ。おかげさまで」

「お父上も変わりなく?」


 聞かれてソフィは口ごもる。ソフィの父親が一筋縄ではいかないことをアルフォンスも知っていて、ソフィが話し出すのを待つ。

 

「……昔は厳しかっただけの人だけど、孫ができてから、すっかり変わった。それであっさりとシリルに領主の座を譲り、今は孫を甘やかして暮らしているわ」

「孫……お前の妹には、子供が何人?」

「男の子ばかり三人よ。三人目が生まれたのは、私が領地に帰ったすぐ後で」

「男の子が三人」

「そう、三人。子供の名前はアラン、ジャック、ピエール……」

 

 『三人』という言葉を繰り返し、二人は目を見合わせる。ややあってから、ソフィが先に口を開く。


「さっき会ったガエタンという人が、『夫と三人の子供が』とか何とか言っていたのは、私とオデットのことが、ごちゃ混ぜになっているんじゃないかと思って……」

 

 ガエタンだけではない。昔からソフィの父親も、ソフィとオデット姉妹の二人をはっきりと見分けているとは思えない節があった。

 ソフィは二年間の視察の旅で家を不在にしていたし、孫が生まれてからはソフィの存在はますます縁遠く、父親にとってはソフィの存在は眼中になかった。それでガエタンが『城のお嬢さんを……』と言った時に、ソフィの父親は、それがオデットのことだと短絡したのではないだろうか。

 何しろ、孫は男児ばかりだし、ソフィが出かけた後ならば、城に残っている女はオデットしかいなかったのだ。

 

「お前自身はガエタンと会ったことは?」

「二年間の視察の旅の、最後の方で会ったのを思い出した。その時はあまり気に留めてなかったのだけど、確かにまだ未婚だという話をしたし、『またお会いできますか』って聞かれたから、『この後はいったん郷里に帰るつもりです』って答えた」

 

 その当時ソフィはドゥロー県からの視察団の一員として行動していた。ソフィ自身が詳しく話さなかったとしても、誰かに聞けばすぐに出自が知れただろう、とアルフォンスは思う。

(それでソフィに会いに、ドゥロー県まで行ったか……)

 

「お前のせいじゃない、ソフィ。お前が何か言っても言わなくても、きっと同じことになった。誤解と分かったなら解けばいい」

「そうね……」

 ソフィはどこか上の空で答えた。

「お前が視察旅行の間に会った男は、何人いる?」

「それは分からないけど、たくさん……何でそんなことを?」

「いや別に。もし次々と恋敵が現れたなら、その度に俺が追い払う。そう思っただけだ」

 アルフォンスは事も無げに言う。

(あ……)

 ソフィはアルフォンスの顔を見る。愛情のこもったまなざしをそこに見つける。

 

「次々だなんて、そんなことはないと思うけれど……」

 ソフィが言い終わらないうちに、アルフォンスは彼女の頭を抱きしめる。

「ソフィ、本当に、よく来てくれた」

 抱き寄せられてソフィはアルフォンスに寄りかかり、彼の胸に耳をあてる。そのまま目を閉じて優しい彼の声を聞く。

「……今まで、待てとも待つなとも言わず、すまなかった。今回の件が片付いたら、なるべく早くお前の城に行こう」

「『行こう』、って、」

 ソフィは驚いてアルフォンスの胸から顔を離した。

「……あなたも来るの?」

 

 アルフォンスはうなずく。

「お父上には俺たちのことを説明して分かっていただく。それにオデットがお前のことを心配しているだろう」

「オデット?」

「そう。お前がオデットの身を案ずるのと同じように、妹の方でも姉の心配をしているはずだ。俺の目には、お前たちは互いを気遣う、仲のよい姉妹だと映ったけどな。違ったか?」

 

 ソフィは手紙の結び、『心配なので、できるだけ早く帰って来て』という文面を思い出す。

(オデットが不安がっているから、私、早く城に帰らないと、って思ってた。でも、オデットも私のことを心配してくれていて、それで手紙を?)

 

 ソフィは横目でアルフォンスの様子を伺う。王子は馬車の横に並んだ騎馬に、何やら指示を与えている。

 

(私はこの人といると、不思議と不安にならないんだわ……)

 ソフィはもう一度アルフォンスの顔を見つめる。その視線に気づいてアルフォンスが微笑し窓の外を指し示す。

「着いたぞ。長旅だったな」

 

 馬車と隊列は、正面の城門から堂々と進入した。

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