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第1話 到着

 東の大聖堂にて。ソフィが待ち人の到着を待っている間の出来事だった。

 

「変わった笛をお持ちですね」

 声をかけて来たのは聖堂付きの僧侶。ソフィが城への表敬訪問をしたいと言った時、彼が取次ぎをしてくれた。

 

 ソフィは首飾りを指でたぐりよせる。首から下げた鎖の先には、小さな銀色の笛が付いている。

「これのことでしょうか?」

 ソフィが笛を持ち上げて示すと相手はうなずく。

 

 相手の穏やかな微笑に促されてソフィは言葉を続ける。

「この笛、残念ながら壊れていて。今までに一度も音の出たことがないんです。ほら」

 ソフィは笛に口を当てて思い切り息を吹き込む。笛の形をした物体からは、全く音がしない。

「なるほど、なるほど……」

 僧侶は喜んだように手をたたき、声を出して笑った。

 

「あなたは人との出会いに恵まれたようだ」

 僧侶は言い、ソフィは首をかしげて笛から手を放す。

 僧侶はなおも落ち着き払って言った。

「笛のことは、この後、あなたが殿下とお二人になった時、試したらよいでしょう。きっと鳴りますよ」

 ソフィは疑いをもって僧侶を見つめる。その視線の先に、こちらへ走り寄って来る人の姿が見える。

 

 僧侶の方も待ち人の到来に気づいて言った。

「ほら、彼が来ましたよ。ずいぶん急いでいて、落ち着きのないことだ。では私はこれで失礼を」

 その口調にソフィは驚き、まじまじと僧侶のことを見つめ直す。僧侶はソフィの視線を意に介さず、そのまま立ち去る。


(『彼』だなんて、……ずいぶん軽々しく言うのね。まるで平凡な知り合いみたいに)


『彼』というのは、この国の二番目の王子、アルフォンスのことだ。

 王子は、地方領主の娘であるソフィにとっても雲の上の人のはずなのだが、二年前の出会いが二人の関係を変えた。

 その日以来ソフィはアルフォンス王子に対して対等の友人のような口をきき、王子の方でもソフィを悪く思っていない様子。

(アルフォンス殿下と私は少しだけ親しい関係で……二年前に彼は私のことを好きだと言ってくれたけど、……今も同じかは分からない)

 

 

 ***

 

 最初の出会いから一年後、二人は再会した。

 当時ソフィは郷里からの視察団を率いる身だったから、親しさは排除してアルフォンスとの面会に臨んだ。

 対するアルフォンスの反応も、全く礼節の範囲を出なかった。


 それでも、東の大聖堂に到着して王子を表敬訪問したいと申し出た時、王子の城からは直ちに迎えの馬車が送られた。祝宴が開かれ、翌日以降の視察には城の役人たちが案内をしてくれた。地方領からの一団という立場を考えると、ソフィたちは破格の待遇を受けたと言っていい。

 ソフィは自分のことは棚に上げて、アルフォンスの態度が儀礼的なことに物足りなさを感じた。

(期待し過ぎてはいけないわね……)

 

 しかしソフィたちの出立の直前、周囲に人の気配がなくなった時にアルフォンスは言ったのだ。

 ソフィの肩を引き寄せて、ほとんど耳元に口づけるようにして囁きかける。

「ソフィ、会えてうれしかった。次は一人で来てくれ」

「はい、きっと」

「必ず」

「必ず……」

 驚いた表情のソフィにアルフォンスが微笑んで応える。ほんのわずかな間のできごとだった。



 二年に及ぶ視察団の旅も終わり、ソフィはいったん郷里に戻った。が、ほどなく、今度は単独で、再び東の大聖堂を訪れる機会を得た。

 前年そうしたように聖堂で取次ぎをたのみ、今回もまた城に挨拶をしたいと申し出る。

 すると今度は、迎えの馬車だけでなく、城主本人までが迎えにやって来るという返答だった。


 (本人まで出迎えにやって来るというのは、彼はまだ私に好意を持ってくれているということかしら?)

 

 ***

 

 ソフィとアルフォンスの、お互いの顔がはっきりと見える距離まで近づいた、その時だった。

 

「おのれ、悪党、こんな所で出会ったか……!」

 

 ソフィもアルフォンスも驚き、動き止めて声の方を見る。

 怒りに震えた大男がソフィを指さしている。大男の年はアルフォンスより少し上くらいか。

 旅装で腰に剣を下げている。見てくれは悪くない。髪と髭は銀色だった。


「ペテン師、いかさま師、ここではお前の思う通りにはならないぞ、早々に立ち去れ」

 大男は肩を揺らし、ソフィの方へ大股で近づく。が、アルフォンスがわざと大男の進路を横切り、ぶつかりそうになって大男は動きを止める。

 そのままアルフォンスはソフィの斜め前に立つ。

 

「私はアルフォンスだが、悪党とは、何のことだ」

「殿下」

 大男はさっと片膝をつき、アルフォンスに言う。

「拙者はノール地方のガエタンと申す者、修行のため諸国を遍歴する騎士でござる。殿下、その女は詐欺師でございます。お恥ずかしながら、拙者はその女にそののかされて、あやうく重婚の罪に手を貸すところでした」

「重婚?!」

「その女ですが、すでに夫と三人の子がいながら、独り身だと偽り、事あるごとに男を誘惑しているのです。……おい女、今にお前が密通していた相手をすべて暴き出して、相手もろとも姦通罪で告訴してやる! この、この、……、……!」

 

「……もしそれが本当ならば、大ごとだ」

 アルフォンスは横目でソフィを見る。

 ソフィはむっとして見返す。無言で、

(そんなわけがないでしょう)

 と言っている。

 アルフォンスの目が笑う。本気で大男のいう事を信じている訳ではない。

 

 アルフォンスは大男に言った。

「では、お前とこの女を対決させてやろう。明日の昼、城まで来い」

「かたじけない。公正なご処断に感謝いたします」

 ガエタンはいっそう恐れ入って頭を下げる。

 

「ところでガエタン、この女の名は何というか、知っているのか?」

「名前はソフィ。ドゥロー県の領主の女です」

 

(『領主の女』? それは正しくない)

 ソフィは何か言いかけたが、何も言うなというようにアルフォンスが制した。


 

 ***


 ソフィの身柄はアルフォンスが預かることになって、ガエタンと名乗った大男は立ち去った。

 大男がいなくなるなり、アルフォンスはソフィに尋ねる。

 

「お前、いつ結婚したんだ?」

「してません」

「子供が三人……」

「いません」

 

 即答するソフィにアルフォンスは短く笑う。が、不意に真剣な目がソフィを見る。

 正面から向き合い、ソフィはどきりとする。


「俺の他に恋人は?」

「いませんけど……」

「よかった。それを聞いて安心した」


 アルフォンスがソフィを抱きしめる。恋人の腕の中でソフィは考える。

(いつの間に私は彼の恋人になったのかしら……もし本当にそうなら、うれしいのだけど)

 

 二人が顔を上げて見つめ合ったところで、

 「ドゥロー県のソフィ」

 と、無遠慮な声が二人の抱擁をさまたげた。


 少し前に立ち去ったはずの僧侶が現れ、ソフィの方へ巻き紙を差し出す。

「お手紙を預かっていたのを思い出しまして」


 ソフィは慌ててアルフォンスから離れ、僧侶から手紙を受け取る。

「お手紙は急ぎの用と伺っておりました」

「オデットからだわ!」

 

 オデットはソフィの妹。現在はドゥロー県の領主の妻。三人の子の母親。

 

 急ぎと聞いて、アルフォンスはすぐに手紙を確認するよう、ソフィを促す。

 ソフィが手紙に目を落としている間、アルフォンスは不満を隠さずに僧侶を睨みつけ、僧侶の方は平然と視線を受け流す。


 オデットの手紙はソフィの留守中に起きた事件を説明し、『心配なので、できるだけ早く帰って来て』という言葉で終わっていた。

 

「あの……少し前、私が旅立った直後に、ノール地方のガエタンという人が来たそうです、ドゥローの私たちの城に」

「さっきの大男のことだな。それで、何て?」

 

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