第七編「割に合わない商売」
儂は三途の川の渡し守。
死神ではない。ただの雇われ者である。
だから、割に合わないことも多々ある。
──例えば。
目の前の若者を前に、儂はため息をついた。
ここは此岸。ここから船で死者を彼岸へと運び、客から金を得る。
誰でもそれくらいは知っておろう。ちなみに金とは、いわゆる六文銭のことだ。
だが時が経つにつれ、誰も六文銭など持ってこなくなった。
いつからか現世では文が使用されなくなり、代わりに円や札などを持ってくる者が増えた。
それはまあ、仕方がない。
こちらでは未だ文が流通しているため、円を文に両替してくれる商人がいる。
手間はかかるが、それくらいは我慢しよう。
だが、最近の若い者ときたら。
儂は、さっきから目の前に立っている男を睨みつけた。
「えー。ペイペイ、ダメッすか? んじゃ、楽天ペイは?」
なんじゃその、ぺいとやらは。
よくわからんが、現金じゃなきゃ駄目に決まっとろう。
そう言うと、男は困った顔になった。
「んなこと言われても、今どき、現金なんて使わねえっスよ。だから俺の両親も、スマホを棺桶にいれたんじゃねえですかね。……現世に行って取って来るなんてことも出来ないし、俺、どうすれば……」
ああもう、わかった、わかった。特別に儂が出しとくから、さっさと船に乗れ。
「マジっすか! あざっす!! 超リスペクトっす!!」
儂の言葉に男は、嬉々として船に乗り込んだ。
それにしても最近の若者の言葉は、意味がわからん。
……まあいい。さて、次は?
見ると、次は若い女だった。さっきの男と同い年くらいか。嫌な予感がする。
支払いはと聞くと、ぺいとやらでもなく、聞いたことのない通貨を口にした。
何だって?
「あ、仮想通貨の単位です。ダメですか?」
駄目に決まっとるが、仕方ない。
さっきの男に言ったことを繰り返し、船に乗せてやった。
次の客は、と見ると、さっきの女がいた場所には列が出来ていた。
さっきの二人で、だいぶ時間を食ったからな。急ぐとしよう。
そう思い辺りを見渡すと、みな先程の男女と同じくらいの若者ばかりだった。
聞くと全員大学生で、サークルとやらの合宿でバスに乗って移動中、交通事故に遭ったらしい。
それは気の毒だが、嫌な予感がする。
誰か現金を持っているか、と聞くと、みな一様に頭を横に振る。
人数を数えてみると、三十人近くもいた。
ああ。何てことだ。これだけの人数分を、負担してやらねばならないとは。
全く。渡し守なんて、割に合わない商売だ。