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異世界探偵アルバ  作者: 木林白田
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無限の命

 

 失敗した。アルバはそう悟った。今年32歳。自虐的に自分のことをおじさんだと周囲に言っていたが、心の底ではまだ若さは失っていないとアルバは思っていた。


 だから口では「勘弁してくれよ〜」と情けない声を周りに漏らしつつも、迷宮探索ぐらいならば楽勝だろう、その辺りの山を歩くのと変わらない、そう高を括っていた。なんせまだ32歳なのだから。


 そしてその予想がまったく的外れなものだったとアルバは今更ながら気づくこととなる。


 奥を覗けど暗く先が見えない迷宮。辺りを囲む岩肌からは冷気が漏れ出し、歩くたびに冷気で背筋を撫ぜられるようだった。


 カツカツと足を止めない若い冒険者達に必死に食らいつく。足元も不安定な岩場であり舗装された地面の有り難みをダイレクトに足に伝えてくる。


 こんなところに置いていかれたら溜まったもんじゃない。アルバはパーティメンバーにバレないように水筒の蓋を開ける。


「大丈夫ですか?」


 体格が良く短髪の黒い髪をした青年、パーティリーダーのリューが端正な顔を少し歪ませ、訝しむように話しかけてきた。


 彼の顔には「だからあれほど言ったのに」という言葉が貼り付けられている。アルバは答えた。


「あぁ。全くもって問題はない。こんなものは学生時代に参加させられた長距離走で失神したのに比べれば屁でもない」


「なんとも情けない強がりですね。アルバさん」


 休憩にしよう。そうリューが告げた。これから自分の年齢にはもう少し悲観的になろう。老いとは静かにだか確実に体に巻き付いているのだ。まだ32歳ではない。もう32歳なんだなあ。しみじみと男が感慨にふけていると神官の装いをした女性が杖を掲げた。


「魔除けの杖よ。神の息吹を」


 周囲に半透明のバリアが浮かび上がりパーティの四人とアルバを包んだ。


「ちょっと!また休憩??これでもう五回目よ!」


 赤髪の女がツインテールを揺らしながらリューに詰め寄った。彼は困った顔をしながら腰を下ろし水を飲んだ。


「まぁまぁ、ジェシカ。いいじゃねぇゲスやん。護衛の依頼なんてこんなもんゲスし、焦ったって良いことはありゲスません」


 ゲスゲスうるさい小柄でどこか汚らしい男がリューとジェシカの間に入った。


「そうだなゲス男君。焦ったって良いことはない。良いことを言うじゃないかゲス男君」


「ゲスゲスゲス。ゲス男は酷い言い草ゲスな旦那。あっしの名はゲリーでやんすよ」


「ゲスゲスうるさい!」


 もういい!!そう甲高い声で彼女は叫ぶとしゃがみ込んだ。神官の装いした女性、ケイミーがそっと彼女の側による。


「アルバさんもお休みください。目的地まであと一息ですよ」


「おっと。そうかそうか。いやなに、この迷宮は実に興味深くてもう少し歩いていたかったのだがな。そうかもう目的地につくのか。意外と大したことは無かったな。汗の一つもかかなかったよ」


 男は内心の嬉しさを隠しきれず浮かれた口調でそう言い、汗だくになった服を脱ぎ捨て念の為用意していた服に着替えた。


 この男はこの言動を意図してやっているのだろうか。リューは今日何度目かの同じ質問を頭に浮かべては彼に投げ掛けなかった。中央の役人は変人揃い。そう言った噂はかねがね聞いていたからである。


 冒険者達は大味な性格のようで男一人着替えても何も気にせず休憩を取っていた。


 いや表面上休憩の体を取っているが彼らは警戒を怠っていない。このパーティで警戒を解いている者は誰一人として存在しない。現にこのパーティで迷宮の奥を視野から外している者はいなかった。当然ながらアルバを除いて。


 どれだけ軽口を叩いても常に警戒の手綱は離さない。それは冒険者である為の基礎中の基礎でありそれを欠かさなかった為、彼らはこの街一番の冒険者となり名声を得たのだった。


 だからもしアルバがその手にあるナイフで横にいる小柄な男を刺し殺そうとしてもそれは叶わないだろう。


「どうかしましゲスか?旦那」


ゲリーが朗らかに話しかけた。


「いやなに、迷宮用にとせっかくナイフを買ったのだが出番がなさそうでね」


脳裏に過った計画をアルバは誤魔化し、手のひらに握っていた小さなナイフを小柄な男に見せた。


「ゲスゲスゲス。なんでゲスか。その果物ナイフ。そんなのここじゃ通用しないゲスよ」


 通用しないと言うのはこの迷宮に巣食うモンスターに対しての話だろう。いや彼の瞳の奥からはそれ以外のニュアンスも意味取れる。


 つまりこの迷宮を探索する冒険者にもこんなちっぽけなナイフでは通用しないと言うことだ。


「そうだなゲス男君。銀貨一枚損したようだ」


 やはり素人では迷宮の冒険者を殺せない。冒険者を殺せるのはモンスター、あるいは同じ冒険者か。


「しかし女というのはやはり駄目だな。ああやってすぐに喚き散らしてはだんまりだ。ああいう人種には論理が通用しないので私にとってはまさに天敵だな」


 遠くに座っていた女はアルバを睨みつける。


「いい加減にしなさいよ。例えあんたがどんな優秀な役人だったとしても言っていいことと悪いことがあるわ」


 女はその赤髪を纏めたツインテールを揺らしながらアルバに詰め寄る。


「14回。これが何の数字だか分かる?」


「さぁ?ゲス男がゲスと言った回数か?」


「あたしがあんたの命を助けた回数よ。」


  へぇ。律儀に数えているとは几帳面な女だ。アルバは心の中でそう呟いた。


「ゲリーは6回。エリスは4回。リューは36回。あなたは今日合計で60回死んでいるわ。それも行きの半分の日程だけでね。あんたの我儘は本当にあなたが100回以上死ぬ価値があるの?」


「馬鹿が。そうならないために君たちへの高い護衛料を払ってあるのだろう。文句があるならばさっさと金を返したまへ」


「そうじゃない!あたしはリスクの話をしているのよ!!」


「は?リスクとは?」


「まぁまぁ。ジェシカさんも落ち着いてください。神が見ていますよ。」


 ケイミーがジェシカを宥めた。無理矢理彼女を座らせ引きづりアルバから距離を取らせる。


「アルバさんも奇妙な挑発はやめてください。」


 神官の女がアルバの目を見据える。


「いやなに、高レベルパーティと初めて話せるから緊張しているのだよ。少しの粗相は目を瞑ってくれ」


「分かりました。そういうことにしておきましょう。しかしこちらも命をかけて貴方を守っていることをお忘れなく」


 彼女の言葉を裏に返せば、その気になれば彼女達は私をいつでも殺せるということか。アルバはそう考えながら彼女を鼻で笑った。


「フハッ。命をかけてか。迷宮の中でだけとは言え無限の命を持っている君たちが言うと随分軽く聞こえるな」


 無限の命。そのままの意味だ。彼ら冒険者は人智を超えた化け物と常日頃、血みどろの争いを繰り広げている。それ故に彼らは何度も死ぬ。だが何度も立ち上がるのだ。神官が与える神の奇跡により彼らは蘇生される。まさに彼らは無限の命を持っていると言えるだろう。


 だがそれを神官の女は静かに否定した。


「無限の命などという大層な物ではございません。」


 神官の女は朴訥と続けた。


 死んで体から抜けた魂はこの迷宮に留まる。蘇生のメカニズムはこれを掴みとり元の肉体に戻すことだ。


 もちろん元の肉体に戻す前には死体の欠損を直さなければならない。生前と同じような肉体まで再生させることによって初めて蘇生は可能になる。


 したがって元の肉体が木っ端微塵になってしまった場合などでは魂は元の肉体に戻ることはできない。結果として冒険者は死ぬこととなるだろう。また当然パーティが全滅してリザレクションをかける人間が居なくなったとしても蘇生はできない。


「そうだから今回の事件はおかしいのだ。」


 アルバは思わず独りごちた。まずはそこの謎を解くことが今回の事件の足がかりになるだろう。アルバはじっくりとパーティメンバーを確認した。そしておそらく犯人はこの中にいる可能性が高い。

「ゲスッ!?やっと事件について話す気になったでゲスか?」


「ゲス男君。驚く時にゲスッ!?と言うのはやめないか?」


「休憩はそこまでにしよう。さぁ気を引き締め直していくぞ。」


 リューが時計を見ながら話を切り上げた。各々が武器と荷物を手に取り腰を上げる。


 またあの地獄級フルマラソンが始まるのか。アルバは正直なところ動きたくなかった。


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