90 ※レオポルド視点
週末、一般的なお休みの日といえど、レオポルドには公務があるため、完全な休みという日は少ない。
この日、レオポルドは、朝から皇子としての書類関係の仕事をして、昼過ぎは打ち合わせをし、おやつより前の時間に母の執務室を訪ねた。
母の執務室の前室にいた父が、レオポルドを確認すると、わずかに顔を歪ませた。
「父上? 母上に何か……」
「さきほど、体調を悪くされてな……ああ、薬を飲んでいるし、いつものやつではない。最近の疲れが出たのだろう」
「……では、今は母上の顔を見に行かない方がよいですね」
「ああ」
母は周りに心配されるのが好きではない。だから、今、レオポルドは顔を見せないほうがいい。
母の竜肉病の進行は薬のお陰で遅く、普段は調子が悪くはないようで、積極的に仕事もされている。ただ、リュカが皇子と分かってから、考えることなどが増えたからか、眠れなかったりするようで、疲れを溜められるようになった。
母の心配も分かる。降嫁した叔母がいなくなり、レオポルドの立場に取って代わろうとしていた可能性が低くなり、やっと精神的にも落ち着かれていた。しかし、今度は母の前に皇太子だったシメオンの息子が現れたのだ。しかも、母はベルリエ公爵家の血筋。伯爵家筋の父を持つレオポルドとは、後ろ盾が違う。またもや、レオポルドの立場が危うくなり、母は神経をとがらせていた。
レオポルドとしても、ベルリエ公爵とリュカの真意を測りかねていた。今頃になって皇族の血筋だと言ってきたのはなぜか。やはり、レオポルドと後継者争いをしようということか。しかし、それにしては、他の貴族への根回し等は今のところ盛んではない。では、別の理由があるのか。
祖父である皇帝に何かしらの働きかけでもあるかと思ったが、今のところ、それもない。しばらくベルリエ公爵とリュカの動向を注視するしかなかった。
「では、父上、母上をお願い致します」
「ああ、心配しなくていい。レオポルドも少しは休め」
「はい」
レオポルドにそう言いながら、きっと父は仕事に戻るのだろう。父は少しでも母の心配を減らそうと、色々と動いている。
レオポルドは、母のところから自室に戻ると、侍従から嬉しい知らせを聞いた。まだ夕方前だが、すでにリディが到着しているらしい。予定より早くリディと会えるとは。リディが案内されているいつものドーム型の小さい庭園にレオポルドは急いだ。
「リディ」
「……レオ! 少し早く来ちゃった~」
「早く来てくれてありがとう。リディなら、いつでも歓迎するよ」
可愛らしく笑みを向けるリディは、レオポルドが来るまで遊んでいようと思ったのだろう、芝生に座り、猫のランとリンを撫でているところだった。ランはリディの膝の上で寛いでいる。
猫じゃらしがリディの傍に置いてあった。
「猫じゃらしでは遊ばなかったでしょう」
リディの隣に座り、リンをレオポルドの膝に乗せた。猫用のおもちゃが庭園に置いてあるが、最近ランもリンもあまりおもちゃでは遊ばないのだ。
「うん。あまり反応してくれなかった。ランもリンも日向ぼっこの方が好きかなー?」
「それもあるけど、もう老猫だからね。最近はのんびり座っていることが多いかな」
「そっか。ランはおばあちゃんになっても、可愛いね~! うん~?」
ランと会話するリディを見て、笑みが浮かぶ。
ゴロゴロ音を出すリンを撫でつつ、あとどれくらい年老いたランとリンがレオポルドの傍にいてくれるだろう、と不安がある。ランとリンは、レオポルドの大切な家族だった。父や母にも吐けない愚痴や不安や心配事を、黙って聞いてくれていた優しい子たちだ。
ランとリンが同時に大きい欠伸をして、二匹とも体を起こした。そして、ゆっくりと歩いて去っていく。
「ランー? リンー?」
「たぶん、水を飲みに行くんだと思う」
「あ、そうなんだ。さすが、レオ。よく知っているね」
「水を用意している方に歩いているから」
「なるほど。……そういえば、ランもリンも、レオに似てるよね」
「そう?」
「うん。可愛いところとか、優しいところとか、一緒にのんびり穏やかな時間を過ごせるところとか。やっぱり猫は飼い主に似るのかな?」
「そう、かな? ……リディは、俺といて、落ち着くってこと?」
「うん。レオといると、落ち着くし、楽しいよ!」
リディが、レオポルドの手を握って笑みを浮かべた。そんなリディを見て、レオポルドはこの手を離したくない、という思いに駆られ、リディの手を握り返す。
「……俺も、リディといると楽しい」
「うん」
「……けど」
「……うん?」
リディが首を傾げた。
「……ずっとこのままではいられない、ということも分かってる」
「……レオ?」
時間は流れる。年老いた猫が、ずっとレオポルドの傍にはいられないように。日々変化する、レオポルドの周囲の環境のように。
「今、俺の状況は決していいわけではないし、リディがラヴァルディの後継者として日々努力をしているのも知ってる。今、俺がこんなこと言うべきではないのかもしれないけど」
「……どうしたの?」
ずっと自分の感情は分かっているのに、後回しにしてきた。レオポルドの気持ちを伝えて、リディの返事を聞くのも怖かった。それでも、今、伝えたかった。『いつか』伝えたかったこと。レオポルドの望む返事が貰えなくても、先延ばしにすることで『いつか』がレオポルドに与えられない可能性だってある。そう気づいたときに後悔するほうが怖い。
「リディが好きだ。友達としてではなくて、女性として、リディが好き」
「……えっ!?」
「最近意識したわけじゃない。ずっと前から、リディが好きだったんだ」
レオポルドの言っている意味を理解したのか、徐々にリディは顔を赤くし、レオポルドと握っていない方の手の甲を口元へ添えた。
「リディが俺のことを友達だと思っているのは分かってる。ラヴァルディの事を考えて、将来的には婿を取りたいっていうことも分かってる。でも、少し俺のことを異性として気にしてくれると嬉しい。それから、できれば俺を男として好きになってくれると、もっと嬉しい」
「……え、えっと、急なことで、その……」
「急いで答えを出さなくてもいいよ。俺がリディを好きだってことを、ゆっくり考えてもらえたら」
「う、うん」
真っ赤なリディを見れば、少しはレオポルドを意識してくれたようだ、と今は満足だった。
「……リディ、抱きしめていい?」
「え!? う、えっと、……う、うん」
レオポルドは、動揺しているリディを抱き寄せた。腕の中にすっぽり入るくらい細くて可愛いリディ。いつも力を抜いてゆったりしているリディが、今は緊張しているのか、体を固くしている。レオポルドはリディの耳元に口を寄せた。
「好きだよ、リディ」
「……」
首まで真っ赤にしているリディが可愛い。
「俺はリディと結婚もしたい」
「け、結婚……」
「リディは今は先のことまで考えなくてもいいよ。ただ、俺がそう思っていることを知っていて欲しいだけ。今は、まずは俺を好きになってほしい」
リディの体を離すと、至近距離のリディが顔を真っ赤にして、レオポルドを見上げた。どうしよう、リディが可愛すぎる。
「俺の事、考えてくれる?」
「う、うん」
「毎日、俺のことを思い浮かべてくれると嬉しい」
「うん」
俺のことを考えて。俺のことを好きになって。俺の事だけで頭をいっぱいにして。どうかリディに通じますように、とリディに視線を送りながら、リディの手をすくい、指先にキスをした。




