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ルシアンがリディを呪った犯人の手がかりを持ってきた日の翌日、ルシアンから連絡があった。犯人の女を捕まえたという。
リディとパパとブリスは、地下世界を通り、地上のルシアンのいるところにすぐに向かった。
ルシアンは大きい倉庫のような建物の外にいた。黒騎士団の騎士もたくさんいる。リディとパパに気づいたルシアンが走ってきた。
「兄上! リディ!」
「お兄様。……なんか、ここ、変な匂いがするね」
「あー……リディには少しキツイかも。倉庫には入らないほうがいい。魔獣の死骸がわんさかあるから」
リディは眉を寄せた。この匂いは、そういうことか。
「女はどうした?」
「あ、こっちに寝かしてる」
ルシアンに案内され、外の地面に寝かされている女の人を確認する。女の人は、肩から下の両腕がなくて、包帯で巻かれていた。足も片方ない。
「生きてるのか?」
「かなり血を失って気絶してるけど、生きてるよ」
「どうしてこんなに大けがなの?」
「どうやら、幼獣が成獣に成長したやつが一匹いて、そいつにやられたみたいだな。倉庫内に両腕や片足が残ってないから、たぶん成獣になったやつに喰われたんだと思う。この女、別の成獣の死骸のあった檻の中にいたから、成獣になったやつから逃げてそこに入って助かったみたいだ。成獣を捕まえていた檻に助けられるなんてな」
「その幼獣だった成獣は?」
「まだ倉庫の中。暴れるから、そのままにしてる。兄上に聞いてから、どうするか決めた方がいいかと思って」
「呪いの術式は?」
「倉庫の中」
「分かった。その女の血を持ってきてくれ」
パパはルシアンにそう言って、リディを見た。
「リディは、ここにいろ」
「うん……。あの、パパ。成獣になった子と他の幼獣の子達を殺さないで」
「分かってる」
パパはリディの頭をひと撫でして、倉庫の中に入っていった。
リディは傍に残っているブリスを見た。
「この女の人って、元クラシック公爵令嬢なのかな?」
「そうですよ。まだ公爵令嬢の時は、兄上に恋をしている一人でした」
「そうなの?」
「はい。兄上に恋するその他大勢の一人ですから、兄上は気づいていないでしょうけれど」
「パパって、罪だなぁ」
それが、いったいなぜ、娘のリディを呪うということになるのか。やはり平民になったことを恨んでだろうか。しかし、平民になったことは、罪に対する罰であり、パパやリディを恨むのは、お門違いだと思う。
倉庫から大きな音がした。なぜか倉庫の横壁が壊れ、中から大きい檻が外へ飛んできた。がしゃんがしゃんと、次々檻が飛んできて、檻の上に檻が積み重なっていく。倉庫の壁の中から影のようなものがウニョウニョしているので、パパが闇魔法で檻を外に出しているようだ。外に出された檻の中には、魔獣も何もいないようだった。
「パパ、何してるんだろ?」
「たぶんですが、檻の下に黒魔術の術式があるのでしょう。全体像を見ないと、書き換えができませんからね」
「書き換えられるの?」
「一般人にはできませんが、兄上ならできますよ。リディもたぶんできると思います。ここ何年か、ヴァルバスの契約に関する術式の勉強をしていますよね」
「うん」
「黒魔術の術式は、ヴァルバスの契約とは術式が違うと兄上は言っていましたが、簡単らしいです。例えるなら、黒魔術の術式は幼児が習う言語のようなもの、ヴァルバスとの契約の術式は大人が使う難しい言語みたいなものでしょうか。難しい方の術式を知っていれば、黒魔術の術式は分からなくても、なんとなく読めるそうです」
「そうなんだぁ」
「まあ、今はヴァルバスも付いていますし、すぐに書き換えは終わりますよ」
倉庫から檻が飛んで来なくなると、しばらくして、倉庫の中から赤っぽい光が漏れ出た。その後、パパとルシアンが倉庫から出てきた。
「リディ、呪いの模様を確認してみろ」
「うん」
今日のリディはワンピースを着ていた。しまった。ワンピースの背中側にボタンがたくさんあるタイプだ。
リディは呪いの模様を確認しようと、リディの後ろに回ったルシアンに言った。
「お兄様、ボタンを取ってくれない?」
「ん? わかった。あ、じゃあ、こっちを向いてて」
忙しく動く黒騎士団の騎士がリディの背中側にいない方へ、リディは背中を向けさせられた。ルシアンがボタンを全て外してくれる。
「どお? 呪いの模様、消えてる?」
リディの背中側に、ルシアンとパパとブリスが回って見てくれた。
「やった! リディの呪い、なくなってる!」
「ほんと? やったぁ!」
リディはルシアンを向いて、ルシアンに抱きつくと、パパが肩から羽織っていたジャケットの上着をリディの背中から羽織らせた。
パパを見ると、ほっとした顔をしていた。リディは今度はパパに抱きつく。
「ありがとう! パパ!」
「これで、ひとまず安心だな……」
リディはパパから体を離した。
「檻の中の魔獣はどうしたの?」
「魔獣の死骸は全部地下世界に送った。成獣の一匹と幼獣三匹もな」
「生きたまま?」
「ああ」
「ありがとう、パパ」
何も悪くない成獣になった魔獣と幼獣は、死なせたくなかったので、パパが地下世界へ無傷のまま送ってくれたと聞いて、安心した。
パパがリディの手に小瓶を乗せた。小瓶の中には、針先が変色した針が入っていた。
「これ、私の血かな?」
「ああ。呪いはあの女に変えてきた」
「……そうなの!?」
「走り出した呪いは、止められない。呪いの対象を変えるしかない」
「術式は消せばいい、ってことでもないんだね」
「ああ」
まだ目を瞑ったままの女の人を見る。服が破けていて、よく見ると、残った足に呪いの模様が浮き出ていた。
「あの女の目が覚めるまで、ここにいても仕方がない。ブリス、後処理は頼む。俺たちは帰るぞ、リディ」
「承知しました」
「うん」
リディとパパは先にラヴァルディ領に帰った。
後日、元公爵令嬢の女の人が目が覚めた後、調査が行われた。今回の事件は元公爵令嬢の単独犯だった。クラシック公爵家が罪を犯し、その結果、平民になったことで、クラシック公爵家の罪を暴いたパパを恨んでの犯行だったらしい。完全に逆恨みだった。
幼獣が成獣に成長した魔獣に襲われたからか、ルシアンの魔獣のペットを見ると、すごく怯えるらしい。自分の方が、もっと酷いことをしていると気づいているのだろうか。
結局、元公爵令嬢は、事件が解決した五日後に亡くなった。その死は、怪我のせいなのか、呪いのせいなのかは、分からない。
元公爵令嬢には、同じく平民となった弟がいた。現在十八歳。調査したところ、弟の方は貴族だったことは忘れて、平民として真面目に仕事をしているようだった。平民になった時、弟の方はまだ子供だったから、平民としてやり直すことのできる柔軟な思考の持ち主だったのかもしれない。
姉とは別離して生きているようで、わざわざ姉の罪を連帯責任させる必要はない。パパは渋い顔をしていたけれど、姉の罪は姉のものだ。弟には関係ないと思う。パパは甘いと言っていたが、今回の姉の事件は、『起きていない事件』として、内密に処理するのだ。何も知らない弟に知らせる必要もない。
久しぶりに、死ぬかもしれないと思ったけれど、今回もパパが助けてくれた。ルシアンやブリスや黒騎士団も、必死に調査してくれた。今のリディが生きているのは、みんなのお陰だ。
ありがとう、パパ。ありがとう、みんな。
これからもリディは必死に生きる。絶対に生きることを諦めないのだ。




