42 ※レナート視点
最近、リディの様子がおかしい。レナートはそう感じていた。
リディはいつものように、レナートに笑ったり甘えたりしてきたかと思うと、ぼーっとしたり転げそうになっていたり、どこか危なっかしい。
寝ている時も、夢見が悪いのか、うなされていることが多々ある。
その日も、レナートが寝入ってすぐ、リディがうなされる気配に目が覚めた。リディは元々寝相が悪い。まあまあ寝言も言っている。だから、いつもの寝言かと、レナートは少しだけ様子を見て、再度寝ようと思っていた。それなのに。
「ごめんなさい、パパ。許して」
そう言われて、何の夢を見ているのかと気になった。何度も謝るリディに、寝言と分かりつつも、何故謝るのか、ただ聞いただけだった。
リディは目を開け、涙を流した。どこか夢うつつの表情のリディは、それでもレナートに必死に許しを請う。
「もう二度としないから。私をいらないって言わないで」
いまだ、レナートがリディを手放すと思っているのか。以前、リディが家出した時、「捨てないで。いらないって言わないで」と、誰かに捨てられたことでもあるかのように、必死に言っていた。なぜ、そう思う? 以前、誰に捨てられたんだ。そう思っていた時、リディが「聖水」と言った。
「二度とパパに聖水はあげないから。約束する。もう殺さないって約束する」
聖水? 殺す? なぜかそれを聞いた時、レナートの頭には、レナートが過去の回帰で聖水を使って殺されたことを思い出した。
まさか、そんなはずない。レナートが過去の回帰で殺されたのは、リディは関係ない。回帰しているのは、レナートだけのはずだから。
そう思うのに、口は違うことをリディに聞いていた。
「俺に聖水を飲ませたのは、リディだったのか?」
「うん。私がパパに聖水を飲ませたの。パパには聖水が毒だって、知らなかったの。パパは元気になるはずだったの」
「……それをリディに指示したのは?」
「指示? えっと……神官様」
そこまで答えて、リディはだんだんと青ざめていく。リディは夢からやっと現実に戻ってきたらしい。
まだ、正確にリディから聞きだせていないにも関わらず、なぜかレナートはリディも回帰しているのだと、確信していた。
「神官とは、どの神官だ? 名前は?」
リディは、青ざめたまま、ぱくぱくと口を開いては閉じている。
「どうした。神官の名前は分からないのか?」
「パ、パパ、さっきのは、夢の話で……」
「そうか。では、夢で俺に聖水を飲ませろと言った神官は誰だ?」
「あの……」
リディはぷるぷると震え出し、泣きながらレナートを見ていた。
――リンッ
光の妖精が現れると、レナートとリディの顔の間に両手を広げて、怒った顔で口を開いた。
『リディをいじめないで!』
「どこがいじめているんだ。事実確認をしているだけだろ」
『リディ、泣いているじゃない!』
確かに。レナートとしても、それは不本意だ。リディに泣かれるのは、レナートとしても嬉しくはない。ましてや、リディは今、レナートに恐怖の目を向けている。
レナートはベッドから体を起こし、体を固くするリディを抱えて、ベッドを出た。そしてソファーに座り、リディをレナートと面と向かうように、膝に座らせる。
普段、リディを膝に乗せると、嬉々として抱き付いてくるリディは、いまだ泣きながら恐怖の目で震えてレナートを見ているだけだ。
「リディ、リディは俺を聖水で殺したんだな?」
リディは、ビクっとした。
「俺はリディを怒っていない。正直に、正確に答えてくれないか」
「……お、怒っていない?」
「怒っていない。俺にとって聖水が毒だと知らなかったのだろう。元気になると聞いていたから、俺に聖水を飲ませたんだな?」
リディは頷き、泣きながら口を開いた。
「元気になると聞いてた! 聖水が毒になるなんて、誰も言わなかったの!」
「そうだろう。だから、リディを怒っていない。……リディは、過去に戻って時間を繰り返しているんだな? 時間を逆行し、回帰している。そうだな?」
リディは驚きに目を大きく広げた。そして、ゆっくりと頷いた。
「……どうして、パパは気づいたの?」
「俺も回帰しているからだ」
「え……」
リディは息を飲んだ。
「リディは回帰は何回した?」
「え、えっと、十回。今は十一回目の人生かな」
「……十一回目。俺より多いな……。毎回、突然回帰するのか?」
「ううん。私は死んだら、回帰するの」
「……死んだら? それは毎回か? 初めての回帰だけではなくて?」
「毎回だよ。死なないで回帰ってすることがあるの?」
リディの疑問に、ざわざわと胸に怒りが広がった。
「……十回も回帰して、毎度死んでいるのか? 何故リディは死んだ?」
「殺されたり、殺されたり……殺されたり? あ、一度自分で死んだことあるよ。あと、処刑も一回ある」
「……」
そんなに頻繁に殺されているのか。誰がそんなことを? 怒りと同時に、リディを抱きしめた。そうしたいと思った。
「……パパ?」
「リディ、俺は何度も言うが、リディに殺されているとしても、リディを怒っていない。リディを手放すつもりはないし、これからもリディは俺の娘だ」
「……本当?」
「ああ。絶対にだ。リディは、ずっと俺の傍に置く」
「……っ、う゛ん」
ぐずぐずと泣くリディを、レナートは力いっぱい抱きしめる。
「パパ、聖水を飲ませて、ごめんなさい」
「もう謝らなくていい。怒っていないと言っているだろ」
レナートは、リディが泣き止むまで、しばらく慰めるように、リディの背中を撫でるのだった。




